皆さん、こんにちは。
 キリです。

 北陸の旅、最後のお城は、越前朝倉氏の居城、一乗谷城です。
 朝倉氏といえば、織田信長公と徹底的に戦い、最後は滅ぼされ、人口1万人、
 103年の歴史を誇った城下町は3日3晩の業火で完全に焼き尽くされ、徹底的
 に滅ぼされる一族です。

 一時は、後の15代将軍、足利義昭公を迎え、京文化を積極的に取り入れ、黄
 時代を築いた朝倉氏。
 
 一乗谷はそんな朝倉氏の過去の栄光を今につたえる遺跡になります。

 福井駅からバスで40分。
 バスの運転手に一乗谷城に行きたいんですが…といえば、間違うことはありま
 せん。

 バス停から降りて川をはさんで左側にある山が一乗谷城です。
 「一乗谷城」
 

 まずは朝倉館跡に向かいます。
 ここは信長公に滅ぼされた朝倉義景公の館と言われています。
 その規模は1700坪、16棟もの建物があり、室町幕府の最高官職である管領ク
 ラスに匹敵するそうです(一乗谷朝倉物語:発行、福井市)。

 「朝倉館跡」
 

 入り口には立派な唐門がございます。
 こちらの門は、江戸時代になんらかの理由で建てられたそうです。
 門の上部には、朝倉氏の家紋「三つ木瓜」と、なぜか「五三の桐」が刻まれて
 います。

 「唐門」
 

 館に入ると、建物がここにあったということが分かる、礎石がごろごろしてい
 ます。
 また、館のまわりは土塁のようになっており、こんな石垣もございます。

 「館の石垣」
 

 館のまわりは水掘で囲まれています。
 その水はとても澄んでおり、見るものをほっとさせます。
 
 「館の水掘」
 

 館を上空から撮影してみました。
 礎石がしっかり残っているのがよく分かると思います。
 礎石があった場所に建物があった訳ですが、戦国当時は見事な景観だったでし
 ょうね。

 「朝倉館を上空から撮影」
 

 この一乗谷にはこの朝倉館以外にも見所はたくさんあります。
 特に有名なのが、特別名勝に指定していされている「湯殿跡庭園」「南陽寺庭園」
 「諏訪館跡庭園」です(もちろん、義景館跡庭園も特別名勝です)。

 こちらは、その一つ「湯殿跡庭園」です。
 いつ頃、どの当主が建て、誰が住み、どんなたたずまいだったかは古文書に残
 っておらず分からないそうですが、4つある庭園の中でも最も古いのではと言
 われています。

 「湯殿跡庭園」
 

 お庭にはこのような風情のある巨石が並べられており、いかにも雅な庭園風。
 朝倉氏の栄華を今に伝えてくれています。

 「お庭の巨石」
 

 ところ変わって、「南陽寺庭園」に向かいます。
 朝倉館を中心に各館への距離は大体徒歩で10分くらいです。

 時は永禄11(1568)年3月。
 この南陽寺にて足利義秋(後の15代将軍義昭)を朝倉義景は歓待します。
 境内に咲き誇る糸桜を愛でながらの宴だったと伝わっています。

 その際に、義秋公、義景公の和歌が今に残っています。

 もろともに 月も忘るな糸桜
       年の緒長き 契と思わば
                     義秋

 君が代の 時にあひあふ糸桜
      いともかしこき けふのことの葉
                     義景

 月を見ながらの夜桜観賞だったのでしょうか。
 風情がありますね。
 
 しかし、今はその名残はなく、ただの平野でしかありません。
 もののあわれを感じてしまいます。

 「南陽寺庭園」
 

 最後の庭園は、「諏訪館跡庭園」です。
 こちらは、信長公に滅ぼされた義景公の4人目の側室「小少将」のために作っ
 たと伝えられる館です。
 
 4つある庭園で最も規模の大きな庭園で、高低さ3.5mの上段、下段の2つの
 部分からなり、東西南北30mの庭園の中央には高さ5mにも及ぶ立石が、周囲
 には大小100を数える自然石が配され、その池泉式回遊式庭園は、日本でも大
 一級の豪華さを誇るといわれています(前述:一乗谷朝倉物語より抜粋)。

 義景公の小少将への深い愛情を感じる諏訪館跡庭園。
 紅葉の時期に来ても最高でしょうね。

 「諏訪館跡庭園」
 

 さて、庭園を十二分に楽しんだ後は、いよいよメインの一乗谷城へ。
 朝倉館から看板がありますので、迷うことはないですが、「行かない方がいい
 よ」という意味ありげな注意書きが看板に書かれています。

 結論から述べますと、一乗谷城の本丸までは某の足で40分(もちろん休みな
 し)。
 のんびり歩いたら1時間くらいかかるかもしれません。

 よほど足と体力に自信がないと途中で挫折するかも〜
 実際に、10分くらい歩いて戻ってこられたご夫婦や途中で休まれている方もい
 らっしゃいました。
 でも、見るからに60歳以上の老夫婦が頂上から降りてくるのを見て、さすが
 〜とも思いましたが。

 一乗谷城への登り路はしっかり整備され非常に歩きやすいです。
 ヤブなどないハイキングコースです。
 
 最初のうちはこんな感じ。
 「一乗谷城への登り道」
 

 本丸は当然ではありますが、何にもございません。
 ただ看板が一つあるのみ。
 特に説明文はありません。
 
 「一乗谷城本丸」
 

 続いて二の丸跡
 

 カメラを持つようになってから痛感するばかりですが、やっぱり撮影には建物
 がいいですね。
 山城だとなんだか分からないし、竪堀や空掘はあまり立体感が表現できないの
 で、物足りなく感じてしまいます。

 それでも、がんばって堀切を撮影してみました。
 「一乗谷城の堀切」
 

 実際には、連続畝状竪堀があったり、(曇っていましたが)見晴らしのいい場所
 があったり、山城としては十二分に楽しめる場所ですが、撮影するスポットと
 しては、あまりないですね。

 そういう意味では、最近山城よりも近世城郭に興味が移り気味な今日この頃で
 す。
 
 それはさておき、一乗谷城がすばらしい山城というのは間違いないと思います。
 
 以上で北陸の旅のレポートを終えたいと思います。
 最後までお読みいただきありがとうございます。

 次回は、念願だった余呉湖一周…もとい、賤ケ岳周遊つあーの模様をお伝えし
 たいと思います。

 それでは〜

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