みなさん、おはようございます。
霧隠です。

ちょっと間があいてしまいましたが、あまりにも幻想的で美しかった岩村城、
苗木城のことをご報告したいと思いましたので、投稿いたしました!

岩村城・・・それは、信長公のおばである通称「女城主」のお城で、武田信玄公
の武将秋山信友公が攻めたときに、城兵の命と引き換えに、二人が夫婦になり、
開城。城内にいた信長公の5男御坊丸は武田の人質に。
それを怒った信長による、岩村城攻略。そして、秋山、女城主ともどもの
逆さ磔の刑にされた悲話のあるお城です。

また、赴任はしていなかったようですが、信長公の小姓、森蘭丸公のお城でも
あります。

さて、日本三大山城(岩村城・備中高松城、高取城)でもある、このお城。
三城の中では標高が最も高いお城だそうです。

と、説明が長くなりましたが、最後にひとつ。
このお城の別名は「霧ヶ城」と呼ばれており、その名の通り、当日はちょっと
霧かかっておりました。

大手口の入口に立つと、まっすぐにのびた石畳が出迎えてくれます。
ここは藤坂と呼ばれ、当時はたくさんの藤の木が植えられていたそうです。
現在は違う木々も生えており、両側は木々がうっそうと生い茂り、眼前には
うっすらと霧が立ち込め、まさに幻想的な雰囲気をかもしだしておりました!

そのまま長い石畳を歩いていくと、一の門跡があり、目の前には石垣が!
その見事な石垣にみとれながら、左側に歩いていくと、両側には素敵な石垣が!

あっちにも石垣!
こっちにも石垣♪
むこうにも石垣〜
と、コケむして趣を感じさせる美しい石垣が我々を温かく向かえてくれました♪

石垣のお城の少ない関東出身の某にとっては、石垣がこうもあると興奮して
しまいまする〜

石垣に目がクギ付け状態のまま、土岐門跡を通り、畳橋あとに。
ここの畳橋は、たぐちさんの説明を聞き、在りし日の姿を目に浮かべ、
感動を覚えました。
某のつたない説明ではお伝えできないので、HPをご紹介したいと思います。
「岩村城案内図」
こちらの大手門の下ぐらいにある、「畳橋」をクリックしてください。

現在の道は、当時の道からずれています。
それは、石垣を調べてみれば、すぐに分かります。
今は、ただの空堀跡を歩くだけですが、このような空中を歩くような気分になる
橋は、ぜひとも復元していただき、当時の風情を味わってみたいものでござり
まする。

さて、そのまま大手門を通ると、霧ケ井戸がござりまする。
この井戸の水は現在も枯れることはないのですが、現在は使用してないので、
飲めないとのこと。しかし、最近まで名水として有名だったようです。
この井戸の伝説として、敵が攻めてきた時に蛇骨を井戸に投げ込むと、井戸から
モウモウと霧が立ち込め、お城全体を霧でおおってしまい、敵がお城を見つける
ことができなくなるというものです。

なので、この井戸の水と蛇骨があれば、どんなお城でも霧が自由自在にだせる
ことができる!
おぉ、これで霧隠の名に恥じない仕事ができる♪
って、オフのたびに見晴らしのいい本丸とかで霧を嬉々と立ち込めてたら、
参加者の方々に嫌われそう(−−)

・・・閑話休題。

さらに進むと菱櫓の下の菱方石垣があります。
ここの石垣は、おもしろい積み方で石垣好きの方にはおすすめです!
詳しいご説明はTさんから♪
>よろしくです。Tさんm(_)m ・・・決して忘れてしまったとは・・・

そのまま二の丸、本丸と楽しんだあと、でっかい看板の横にでっかいスピーカーが。

と、今回も長くなりそうなので、一度話を終了します。

それでは〜

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