皆さん、こんにちは。
霧隠です。
ヤブ漕ぎとクモの巣の山城めぐり。
いよいよクライマックス。
追手道から本谷を通って本丸を目指すまさに観音寺城直登コース。
これをせずに観音寺城を制覇したとはいえません。
(と勝手に思っているだけですが・・・)
さて、この追手道ですが、戦国当時の大手道だったのではと言われているルート
で、登り口は・・・
忘れました。
厳密に言うと、すでにかなり興奮して夢中になっていたので、記憶が定かでは・・・
気づいていたらすでに山道を歩いていた。
ヤブの中に身を置いていた。
クモの巣を払っていた。
という感じです。
どんな道だったか・・・それさえも最早定かではありません。
死に物狂い・・・無我夢中・・・人はそんなとき記憶をなくすと言われています
が、その通りなのでしょうか。
それほど楽しい山登りなのですが、20分ばかり登っていくとアスファルトでで
きた道路にぶつかります。
ん?
見覚えのある道だなぁ・・・
そう、今年の1月に観音寺城に行った際に、Yさんに雨の中案内していただいた
追手道の入り口ではありませんか。
ということは、今までそのときいつか歩きたいと思っていた追手道を登っていた
ことになります。
・・・あぁ、なのに何にも記憶がない。
そのまま今回もこの追手道を歩くのかなと思ったら、Yさんが道路をおもむろに
右側に登っていきます。
続いて歩いていきます。
てくてく
5分ほど歩いて、ヤブの前に立ちます。
ヤブ越しに沢のような谷のようなものが見え隠れています。
こ、これが本谷ルートかも。
ヤブのすごさにちょびっとビビッたりしましたが、Yさんの
さあ行くで
という言葉に
おぉ! 突入〜(^^)←体はすっかりなじんでおりました。
この本谷ルートの最初の10分は比較的幅広の沢道を登るだけで、それほど厳し
くはありません。
ただ、ちょっと石がゴロゴロしているので、歩きにくいだけです。
クモの巣を払いながらも進軍していくと、傾斜が急になってきました。
どうやらこの先はガケになっており、岩をよじ登らないといけないので、それは
危険だから迂回して傾斜の急な山の斜面をヨジヨジすることに。
図に書くとこんな感じ。

まさに気分は四足動物。
斜面を四つんばいになって、木の根っこを頼りにしたり、土にしっかり足を埋め
こんで登ったり、手の力だけで登ったりとスリリングな登城。
山城はこうでなくっちゃ。
ガシガシ登りながらついつい心はうきうきと。
ケモノの気分で登り続けること10分。
曲輪にぶつかりました。
ここも降りるときにみた素晴らしき隠れた石垣達。
うっそうと繁ったヤブの中にあるコケむした石垣は何物にもかえがたき代物です。
思わず息をのみます。
今までの苦労が報われる一瞬です。
それにしても見事な石垣達。
こんな素敵な石垣達に出会えるのならばヤブ漕ぎも全然苦になりません。
竹をバキバキ踏み鳴らし、急な坂道をよじ登りようやく頂上の観音正寺にたどり
つきます。
ふもとから頂上までは大体40分くらいでしょうか。
意外と疲れなかったです。
さて、この後、本丸、平井丸、池田丸の見事な石垣を見学後、平井丸と池田丸の
間のヤブに突入し、ふもとを目指します。
ここもケモノ道みたいな感じで道があるのかないのか今一つよく分かりませんが、
見事な曲輪があり、素晴らしい石垣があるのは変わりません。
確信しました。
観音寺城はいたるところに曲輪があるだけでなく、いたるところに石垣がある!
つまりヤブに入れば入るほど驚くべき石垣に出会えるチャンスが増えると・・・
13あるといわれている登り道。
今回4つのルートを攻略したことになりますが、まだ残り9つもあります。
こ、これはまだまだ通い続けなければ・・・とコケむした石垣を心行くまで堪能
しながら密かに心に誓いました。
さて、下りはなぜか駆け足で一気に駆け下りました。
今度は30分くらいでふもとにたどりついたと思います。
観音寺城の2往復4時間半はさすがに体力の限界だったらしく、その後布施山城
は最早グロッキー状態。
登ることは登りましたが、遺構の確認をする体力は最早残っておらず、美しい夕
日を本丸でただぼーっとながめ、下山しました。
その後、極楽温泉に入り、汗を流し、餃子を食べてYさん夫妻と別れました。
某とKさんは、彦根のホテルに宿泊し、翌日の関ヶ原へ気持ちを新たにしました。
次回は関ヶ原についてご報告したいと思います。
それでは〜