<第49話 ヤマトタケルの兄殺し>
「我が御子、オホウスノミコト(大碓命)よ。美濃の国に、エヒメ(兄比売)、
オトヒメ(弟比売)という大層美しい娘がいるという。そなたその二人を連
れてきておくれ」
「かしこまりました、父上」
こうして父の命で、美濃の国に赴いたオホウスノミコト。
しかし、二人の乙女に会ったオホウスノミコトは、すっかり一目ぼれしてしま
う。
(なんて美しいんだ! この二人を妻にできる父上がうらやましい!)
(…待てよ、この二人を我が妻にし、父上には別の娘をいつわって連れて帰れ
ば…)
「ただいま戻りました。こちらがエヒメ、オトヒメでございます」
「おぉ、ご苦労」
(ん? あまり美しくないな。噂はウソだったのか…)
オホウスノミコトの連れて来た二人の娘は、天皇が期待していたほどの美女で
はなかった。
「申し上げます。オホウスノミコト様がお連れになった娘はエヒメ、オトヒメ
ではございません。本当のエヒメ、オトヒメはミコトが自分の妻にしてしま
ったようでございます。
「何!? 本当か?」
「誠でございます。この目で確かめました」
「…分かった。下がってよい」
景行天皇は、息子に絶世の美女をとられたことを知り、物思いにふせ、それか
ら結婚することもなく、悩み続けた。
それからしばらくたったある日。
「ヲウスノミコト(小碓命)よ、そなたの兄はどうして朝夕の食膳に出てこな
いのだ。お前からよく話してくれぬか」
「かしこまりました」
しかし、それから5日たってもオホウスノミコトは姿を現さなかった。
「まだ、オホウスノミコトの姿が見えないが、お前はちゃんと話をしていない
のではないか?」
「いえ、とうに話はしました」
「ふむ、では、どのように話したのだ」
「夜明けに兄が厠(かわや)に入ったとき、私は待ち受けて兄を捕まえ、その
手足をもぎ取り、薦(こも)に包んで投げ捨てました」
<参考文献>
講談社学術文庫:古事記(上)全訳注(次田真幸)
+++++++++++++(編集後記)++++++++++++++++
皆さん、こんにちは。
キリです。
古事記最大のクライマックス「ヤマトタケル」の物語のいよいよスタートです。
しかし、いきなりの登場が非常に衝撃的な内容です。
朝食事に現れない兄を「手足をもぎ取り、薦(こも)に包んで投げ捨てた」と
書かれています。
初めて古事記を読んだとき、今までのヤマトタケルのイメージからあまりにも
かけ離れているので、びっくりし、何度もこの記述は間違いではないかと読み
直してしまいました。
一般にヤマトタケルの物語で世間に流布されているのは、どうやら日本書紀の
ヤマトタケルのようです。
この古事記と日本書紀でのヤマトタケルの描き方があまりにも違うので、本当
に同じ人物のことなのかと思ってしまいます。
古事記の記述の方が、ヤマトタケルは凶暴ではあるが、弱さも併せ持ち、非常
に人間的ですが、日本書紀のヤマトタケルは、紳士というか、聖人といっても
いいくらい、完璧な描かれ方です。
日本書紀の方が公式な書物なので、あまりにも凶暴な人物だと、いくら天皇に
はならなかったとはいえ、一応天皇の父になっているので、日本書紀では正反
対な描かれ方をしたのでしょうか。
それはさておき、前半の兄が天皇の妻を奪ってしまう話は、日本書紀にも2行
ほどの内容でさらっと書いてあります。
しかし、後半部分のヤマトタケル(まだこのときは、ヲウスノミコト)が兄を
殺すシーンは日本書紀には描かれておらず、日本書紀では、兄は天皇に東征を
命じられながら、尻込みしたので、美濃の国に行くようにと言われ、赴任しま
す。
つまり、この兄は天皇の妻になるべく女性を奪いながら、殺されることなく、
安全な国に赴任(左遷?)させられています。
古事記の中心的な物語でもあるこのヤマトタケルの物語はまだまだ続きます。
できるだけ、日本書紀との違いを明確にしながら、ご紹介していきたいと思い
ます。