<第53話 クサナギノケン>

 ヤマトタケルは相模の国にやってきた。

 「ようこそ、おいでくださいました。私が相模の国造(くにのみやっこ)です」

 「私がヤマトタケルです」

 「タケル様のご武勇はこの相模の国まで届いております。そこで、ぜひ、この
  相模の国もお救いいただけないでしょうか?」

 「どうしました?」

 「実は、この野の中に大きな沼がございます。そして、この沼に住んでいる神
  が非常に凶暴な神で困っています」

 「そうですか。私でよければお役にたちましょう」

 「おぉ、ありがとうございます」

 こうして国造の頼みを聞き、沼に住む神を見るために野に入るヤマトタケル。
 しかし、そこには恐ろしいわなが待ち受けていた。

 「タケルは野に入ったか?」

 「はい、何も疑わずまっすぐに野の奥に向かっております」

 「ふふ、ばかなやつめ。だまされたとも知らずに…。火に焼かれて死ぬがいい!」

 パチパチパチ…

 「おや? 何かにおうな…」

 後ろから煙たいにおいがし、ふとふりかえったヤマトタケルが見たものは…

 「タケル様! 背後からすごい勢いで火が迫って参ります!」

 「くそっ、国造にだまされたかっ!」

 「いかがいたしましょう!」

 「そうだ、妻は? オトタチバナ姫は無事か!」

 「はい、私はここでございます」

 「そうか、よかった。しかし、完全に火に囲まれてしまったな」
 
 辺り一面火の海に囲まれたヤマトタケル。

 「…、そうだ! 叔母様からいただいた袋の中身を今こそ見てみよう」

 袋の口を急いで開けるヤマトタケル。

 「これは…」

 袋の中から出てきたのは火打石だった。

 「そうか! わかったぞ」

 そういうとヤマトタケルは、腰につけていたクサナギノケンで辺りの草をなぎ
 払った。

 「あとは、この火打石で火をつければ…」

 パチパチ…

 パチパチパチパチパチ…

 ゴゴゴゴゴごゴゴゴォォォォォ…

 こうして向かい火をつけ、迫り来る火を打ち消して、その野を無事出ることが
 できた。

 「国造め、許さん!」

 だまされた事に怒ったヤマトタケルは、相模の国造どもをみな斬り殺した。

 「こうしてくれるっ!」

 ただちに、火をつけ全てを焼き尽くすヤマトタケル。
 こうして、この地はそれ以後、焼津と呼ばれるようになった。

 <参考文献>
 講談社学術文庫:古事記(上)全訳注(次田真幸) 

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 【コメント】

 ヤマトタケルが駿河の焼津でだまされて焼き殺されようとするシーンは古事記、
 日本書紀ともおおむね同じです。

 微妙に違うところは、日本書紀では、だますのは「賊」で、従ったふりをした
 となっています。

 そして、古事記では沼に住んでいる神だったのが、日本書紀では「野にたくさ
 んいる大鹿がいて、吐く息は朝霧のようで、足は若木のよう」なので、狩をし
 たらどうですか? と描いています。

 この表現もある意味自然ですね。

 その後、焼き討ちされますが、日本書紀でも火打石を出すのは一緒ですが、そ
 の火打石はヤマトヒメからもらったとは書いていません。
 ただ、火打石を出したとあるだけです。

 さらに、ここで日本書紀は、一説にはヤマトタケルの差していた天叢雲剣(あ
 まのむらくものけん)が、自ら抜け出し、ヤマトタケルの傍らの草をなぎ払い、
 これによって難を逃れたと書いてもあります。

 その後、その賊を焼き殺したから焼津というという記述は一緒です。

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