<第55話 ヤマトタケルの死>

 その後、信濃の国の坂の神を退治したヤマトタケルは、尾張の国に向かい、先
 に結婚の約束をしていたミヤズヒメ(美夜受比売)のもとを訪れ、結婚した。
 
 「さて、そろそろ伊吹山の神を退治して参ろうか」

 「あら、あなた刀をお忘れになっておりますよ」

 「いや、今回は山の神を素手で退治するつもりだ。だから、このクサナギノケ
  ンは姫が預かっておいてくれ」

 「かしこまりました。どうぞ、ご無事で」

 こうしてクサナギノケンを持たず、素手で伊吹山に向かったヤマトタケル。
 山に登ってすぐのほとりで白いイノシシに出会った。

 「この白いイノシシの姿をしているのは、山の神の使者だろう。今殺さずとも、
  山の神を殺してからでも遅くはあるまい」

 こういってさらに山の登るヤマトタケル。

 ポッ ポッ ポッ

 「おや? 雨か?」

 バッ バッ バッ

 「いや、違う、これは雹だ」

 バババババババババァァァァァァァァァ

 「すごい勢いで降ってきたぞ」

 バババババババババババババァァァァァァァァ

 「ぐわぁ、ま、まずい、このままでは撃ち殺されてしまう。もしや、さっきの
  白いイノシシこそがこの山の神だったのか?」
 
 そう、さきほどヤマトタケルが見逃した白いイノシシこそこの伊吹山の神で、
 雹を使ってヤマトタケルを打ち惑わしたのだった。

 「ふぅ、何とか一息ついたな」

 命からがら山から下りてきたヤマトタケルは、清水を見つけ一息つき、正気を
 取り戻すことができた。

 そこからヤマトタケルはタギノ(当芸野)のあたりにたどり着いた。

 「私の心は、いつも空を駆け登るような気持ちだった。しかし、今、私の足は
  歩くことができず、道がはかどらなくなってしまった」

 こう弱音を吐いたヤマトタケルは、さらにほんの少しばかり歩いた。
 しかし、ひどく疲れてしまい、杖をついてそろそろ歩いた。

 さらに進むと、尾津崎の一本松のもとにたどりつき、食事をしていたときに、
 そこに忘れてきた大太刀がなくならないでそのまま残っていた。

 それから三重村にたどりついた。

 「私の足は三重のまがり餅のようになって、ひどく疲れてしまった」

 そこからさらに歩き続けたヤマトタケル。
 能煩野(のぼの)に着いた際に、故郷の大和国をしのんで歌を歌った。

 倭は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる 倭しうるはし

 (大和の国は国々の中で最もいい国だ 重なり合って青い垣をめぐらしたよう
  な山々、その山に囲まれた大和の国は美しい国だ)

 命の 全けむ人は たたみこむ 平群(へぐり)の山の 
          くまかしが葉を うずに挿せ その子

 (命の完全な人は、平群の山のくま樫の葉を髪にさして、生命を謳歌するがい
  い、みなの者よ)

 愛(は)しけやし 我家の方よ 雲居立ち来も

 (あぁ、なつかしいわが家の方から、雲がわき起こってくることよ)

 この歌を歌った後、ヤマトタケルの病気は急に悪化した。
 そのときに歌った歌は、

 嬢子(をとめ)の 床の辺に 我が置きし 剣の大刀 その大刀はや

 (ミヤズヒメの床のそばに、私が置いて来たクサナギノケンよ、あぁ、あのク
  サナギノケンよ)

 こう歌い終わってすぐにヤマトタケルは死んでしまった。
 そこで、早馬の急使が朝廷にヤマトタケルの死を告げに行った。

 <参考文献>
 講談社学術文庫:古事記(上)全訳注(次田真幸) 

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 【コメント】

 数々の武功をたててきたヤマトタケル。
 東国を平定し、尾張の国で姫と結婚するまではよかったのですが、その後伊吹
 山にいる神を退治にいくときにクサナギノケンを手放してしまったのが運のつ
 き。
 
 油断としか思えない失態。
 さらに、今まで一発で神を見破っていた彼が、イノシシが神の正体だと気付か
 なかった。

 運勢が下降線をたどるときには、全てにおいて悪い方向に進んでしまうのでし
 ょうか。

 かくして、ひょうにうたれて気を失うヤマトタケル。
 その後、病気になるのは、日本書紀も一緒ですが、古事記の方が悲劇の主人公、
 ヤマトタケルの描写は克明です。
 
 特に、杖をついてたどたどしく歩くシーンは、あまりにもあわれで、これがク
 マソを滅ぼした勇敢な英雄、ヤマトタケルなのだろうか? と思ってしまいま
 す。

 ちなみに、日本書紀では伊吹山の神は蛇でした。

 また、日本書紀には、

 倭は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる 倭しうるはし

 嬢子(をとめ)の 床の辺に 我が置きし 剣の大刀 その大刀はや

 という歌は書かれていません。

 また、日本書紀のヤマトタケルは自らの死を部下に言付け、天皇に伝えていま
 す。
 最期の瞬間まで父である天皇とヤマトタケルは非常に強い愛情関係で結ばれて
 いるのですが、あまりにも古事記と違う心情の描かれ方は、古事記と日本書紀
 の比較において非常に興味深いものがあります。

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