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日本の原典〜古事記物語〜第65号2004年11月8日発行
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<第65話 皇后の嫉妬>
「また、あの人は他の女性にうつつを抜かして…」
仁徳天皇の皇后、イハノヒメノミコト(石之日売命)は大変嫉妬深かった。
「私という后がいるのにどうして! 本当にいまいましい」
他の妃が天皇に特別なことをいったりすると、イハノヒメはじだんだを踏んで
くやしがった。
「吉備国にクロヒメ(黒日売)という女性が、容姿が整って大層美しいという
もっぱらの噂になっております」
「そうか、すぐに召し上げるのだ」
大后が嫉妬するのもおかまいなく、仁徳天皇はクロヒメを召し上げた。
「今度はクロヒメとな。ええい、恨めしい!」
しかし、イハノヒメがあまりにも嫉妬するのを恐れたクロヒメは故郷の吉備国
へ逃げ帰ってしまった。
「クロヒメがお立ちになってしまいました」
「何! すぐに後を追うのだ!」
すでに、クロヒメが船に乗って難波の海に浮かんでいると伝えきいた天皇は、
高殿に登り、遠くから船をながめ、歌った。
沖方(へ)には 小船連(つら)らく くろざやの
まさづ子我妹(わぎも) 国へ下らす
(沖のほうには、小舟が連なっているのが見える。いとしい我が妻が、故郷に
下っていくことよ)
「あの人はそんな歌を歌ったのですか! ええい、クロヒメをこのまま帰して
なるものか! すぐにクロヒメを追い、船から引きずりおろし、歩いて国に
帰らせるのだ!」
天皇の歌を聞いたイハノヒメは怒りに身を震わせ、クロヒメを船から追い降ろ
して、陸上を歩いて追い返してしまった。
それから天皇は、クロヒメを恋しく思っていた。
「ちょっと淡路島を見に行こうと思う」
そういって天皇はイハノヒメをだまして、淡路島に行き、はるか遠くをながめ
て歌を歌った。
おしてるや 難波の崎よ 出で立ちて わが国見れば
淡島 オノゴロシマ アヂマサの 島も見ゆ さけつ島見ゆ
(難波の崎から、出で立って、わが領有する国をながめると、淡島やオノゴロ
シマ、またアジマサの島も見える。サケツ島も見える)
そして、淡路島から島を伝ってクロヒメのいる吉備国を訪れた。
「ようこそ、おいでくださいました」
天皇が訪ねてくれたうれしさで胸いっぱいのクロヒメは、天皇を山畑のところ
に案内して、ごちそうした。
「今から、お吸い物に入れる青菜を摘んでまいります」
そういってクロヒメは、青菜を摘みに行こうとした。
そのクロヒメの後を追っていった天皇はこう歌を歌った。
山県に 蒔(ま)けるあをなも 吉備人と
共にしつめば 楽しくもあるか
(山畑にまいておいた青菜も、吉備のクロヒメといっしょに摘むと楽しいこと
だ)
「もう行ってしまうのですね…」
「…すまない」
いよいよ都に帰らなければならなくなった天皇に対してクロヒメは歌った。
倭(やまと)方(へ)に 西風(にし)吹き上げて 雲離れ
退(そ)き居りとも 我忘れめや
(大和のほうへ西風が吹き上げて、東のほうに雲が離れていくように、あなた
から遠く離れていても、わたしはあなたを忘れはしません)
倭方に 往(ゆ)くは誰(た)が夫(つま) 隠(こも)りづの
下よ延へつつ 往くは誰が夫
(大和のほうへ向かっていくのは誰の夫でしょう。ひそかに心を通わせて、通
って行くのは誰の夫なのでしょう)
こうして、楽しいひと時はあっという間に過ぎ去ってしまった。
<参考文献>
講談社学術文庫:古事記(上)全訳注(次田真幸)