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 日本の原典〜古事記物語〜 第66号 2004年11月15日発行
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 <第66話 皇后の嫉妬2>

 「それでは行って参ります」

 「あぁ、新嘗祭の酒宴で使用する、酒を盛る御綱柏を取りに行くんだったな」

 「はい」

 「君がいなくなるとさびしいから、早く帰って来て欲しい」

 「まぁ、あなたったら。分かりました、できるだけ早く帰って参ります」

 (ふふふ、本当はゆっくり行ってくれるとありがたいけど)

 なんと、仁徳天皇は大后が紀伊国に行っている間に、ヤタノワキイツラメ(八
 谷若郎女)と結婚してしまわれた。

 「ふぅ、思いのほか時間がかかってしまいましたね」

 そんなことは露知らず、大后は船一杯に御綱柏を積んで都に戻ろうとしていた。

 「大后様! 大変でございます!」

 「どうしました。そんな大声で。はしたないですよ」

 「さきほど、故郷に帰ろうとしていた人夫と出会い、その者の申すところによ
  ると、天皇は最近、ヤタノワキイツラメという女性と結婚されたとのことで
  す」

 「なんですって!」

 「そして、大后様がいないのをいいことに、昼も夜も戯れ遊んでいるようでご
  ざいます」

 「許さない! ええい、こんなもの海に投げ捨ててしまえ!」
 
 このことを聞いた大后は大いに怒り、天皇を怨み、船に乗せてあった御綱柏を
 全部海に投げ捨ててしまった。

 「皇居には戻りません。山代国に向かいなさい」

 そういって歌を歌った。

 つぎねふや 山代河を 河上り 我が上れば 河の辺に 生ひ立てる
 鳥草樹(さしぶ)を 鳥草樹の木 其(し)が下に 生ひ立てる 葉広
 ゆつ真椿 其が花の 照りいまし 其が葉の 広りいますは 大君ろかも

 (山代河をさかのぼって私が上って行くと、川のほとりに生い立っている鳥草
  樹(さしぶ)よ。鳥草樹の木、その下に生い立っている葉の広い神聖な椿、
  その花のように照り輝いておられ、その葉のように広くゆったりとしておら
  れるのは、わが大君であるよ)

 そして、山代をめぐり、奈良山の入り口について、こう歌った。

 つぎねふや 山代河を 宮上り 我が上れば あをによし 奈良を過ぎ
 小楯 大和を過ぎ 我が見が欲し国は 葛城高宮 我家のあたり

 (山代河を宮をめざして私がさかのぼっていくと、奈良を過ぎ、大和を過ぎて、
  私が見たいと思う国は、葛城高宮、私の家のあたりです)

 それから皇后は実家に戻ってしまった。
 皇后が実家に帰ってしまったと聞いた仁徳天皇は人を遣わし、歌を送った。

 山代に い及(し)け鳥山 い及けい及け 我が愛(は)し妻に
 い及き遭はむかも

 (山代で皇后に追いついておくれ、鳥山よ。追いつけ、追いつけ。私のいとし
  い妻に追いついて会っておくれ)

 それでも皇后が戻らないと見るや、さらに人を遣わした。

 みもろの その高城なる 大韋(ゐ)古(こ)が原 大猪(ゐ)子が
 腹にある 肝向ふ 心をだにか 相思はずあらむ

 (みもろ山の高い所にある大猪子が原、その名のとおり、大きな猪の腹にある
  肝せめて心にだけでも、私を思っていてくれないものだろうか)

 さらに、歌を歌いなんとか皇后に戻ってもらおうとした。

 つぎねふ 山代女(め)の 木鍬持ち 打ちし大根 根白の 
 白腕(ただむき) 枕(ま)かずけばこそ 知らずとも言はめ

 (山代の女が木の鋤を持って打ち耕して作った大根、その大根のように白い腕
  を私が枕としなかったのならば、私を知らないといってもよいだろう)
 
 それでも皇后は天皇のもとには戻らなかった。

 <参考文献>
 講談社学術文庫:古事記(上)全訳注(次田真幸) 

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