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日本の原典〜古事記物語〜第79号2005年3月28日発行
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<第79話 イチノベノオシハシノミコ殺害>
「申し上げます。近江の蚊屋野というところには、猪や鹿がたくさんおります。
その証拠に立っている足はすすき原のようであり、頭にいただく角は枯れた
松の枝のようでございます」
あるとき近江に住むカラブクロというものがオホハツセに進言した。
「聞いたか? イチノベノオシハシノミコ(市辺之忍歯王)。さっそく近江に行
ってみようではないか」
「畏まりました。お供いたします」
こうして、オホハツセはいとこでもあるイチノベノオシハシを伴って蚊屋野に
出かけ、それぞれ別々に仮宮を作って宿泊した。
翌朝、オシハシはいつもと変わらない気持ちで馬に乗ったままの状態で、オホ
ハツセの仮宮にやってきた。
「オホハツセ様はまだお目覚めではないのか?」
「は、はぁ、まだでございます」
「そうか、それでは早くこう申されよ。夜はすっかり明けました。早く狩場に
お越しくださいと」
「…かしこまりました」
そうオホハセツの従者に伝えたオシハシは、そのまま馬を進めて行ってしまっ
た。
「おい、今の態度は何だ」
「全くだ。何と感じの良くない奴だ。一体オホハツセ様を何と思っているのだ。
けしからん奴だ」
「すぐにこのことをオホハツセ様に申し上げよう」
オシハシの態度が大柄だったことに不快感を持ったオホハツセの家来たちは、
さっそくその様子をオホハツセに話した。
「オホハツセ様、オシハシノミコにはどうかお気をつけてください」
「なんだ、どうした?」
「あの男、とても感じのよくない言い方をいたします。どうかご用心なされま
せ」
「考えすぎではないか?」
「いえ、万が一のこともございます。どうか、武装されますように」
あまりにも家来たちがオシハシのことを悪くいうので、ついオホハツセもそう
思うようになり、衣服の下に鎧をつけて、弓矢を携えて馬に乗って出かけた。
たちまちオシハシと馬を並べたオホハツセはおもむろに矢を抜いた。
「な、何をなされます!?」
「死ね!」
「ギャッ!!」
こうして、オシハシを射殺したオホハツセは、その場でオシハシの体を斬り、
飼葉桶に入れて、地面と同じ高さに埋めてしまった。
「父君が殺された!」
「兄さん、それは本当か?」
「あぁ、父の家来が早馬で知らせてくれた。急げ、すぐに逃げるんだ!」
父がオホハツセに射殺されたことを聞いた、オシハシの子供たちは急ぎその場
から逃げ出した。
「ふぅ、ここまで来ればもう大丈夫だろう」
山城の苅羽井についたオケノミコ、ヲケノミコは乾飯(ほしいい)を食べてい
た。
「あっ、何をする!」
すると、顔に入墨をした老人がやってきて、その乾飯を奪ってしまった。
「乾飯は惜しくない。が、しかしお前は一体誰だ」
「わしは山代の豚飼いだ」
(豚飼いごときがいばりくさって)
そう心の中で思ったオケノミコであったが、今は逃げることを優先しなければ
ならない。
こうして二皇子は播磨の国まで逃げ、その国の住民でシジムという者の家に入
り、身分を隠して馬飼い、牛飼いとして使われた。
<参考文献>
講談社学術文庫:古事記(上)全訳注(次田真幸)