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日本の原典〜古事記物語〜第82号2005年5月9日発行
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<第82話 ヒトコトヌシ>
「おっ、でかい猪だな」
あるとき雄略天皇は葛城山に登り、大きな猪と遭遇した。
(よし、狙ってみるか)
ヒュッ
天皇は鳴鏑を猪に向け放った。
ブヒッ!
「わわっ、こっちに向かってくるぞ!」
矢を射られて怒った猪は唸り声を出し、天皇の方へ向かってきた。
「ややっ、逃げろ!」
唸り声を聞いて恐ろしくなった天皇は木の上に逃げ登った。
「ふぅ、助かった」
また、あるとき、天皇が葛城山に登ったとき、お供のたくさんの官人たちはみ
な、紅い紐をつけた青いすりぞめの衣服を着ていた。
「ん? あの向かいの山の尾根伝いを歩いている者たちは…」
よく見ると、その様子は天皇の行幸の列にそっくりであった。
「この大和の国で私以外に大君はいないはずなのに、一体誰が私と同じ様子で
行くのか?」
このようにお供のものと話していると、同じような内容の言葉がその山からも
聞こえてきた。
「無礼な!」
こういうと天皇は矢を弓につがえ、大勢の官人もみな矢をつがえた。
すると、向こうの人もみな弓に矢をつがえる。
「それでは、そちらから名を名乗れ! そして、互いに名を名乗ってから矢を
放とうではないか」
「分かった、そうしよう。私が先に問いかけられたのだから、私が先に答えよ
う。私は悪い事も一言、善い事も一言で言い放つ神、葛城のヒトコトヌシノ
大神である」
それを聞いた天皇は恐れかしこまってしまった。
「それは恐れ多いことでございます、わが大神よ。現実のお方であろうとは気
づきませんでした」
そういって天皇は、自分の太刀や弓矢をはじめとして、多くの官人の着ている
衣服を脱がせて、拝礼し献上した。
パンパンッ
するとヒトコトヌシはお礼の拍手をして、その献上品を受け取った。
そして、天皇が皇居に帰る際には、ヒトコトヌシの一行は山の頂きに大勢集ま
って、泊瀬の山の入り口まで送った。
<参考文献>
講談社学術文庫:古事記(上)全訳注(次田真幸)