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【週刊『国宝』】 第26号 2005年5月23日発行
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「松本城」

【築城年】
1593〜94年ごろ
【築城者】
石川数正、康長父子
【分類】
天守閣
【どこにある?】
【感想】
姫路城のところでもご紹介しましたが、日本に天守閣が現存しているお城は12
城あり、その中でも国宝と呼ばれる天守閣は4城です。
それが、姫路城、松本城、彦根城、犬山城です。
松本城の築城年数ははっきりしないのですが、1593年ごろと言われています。
築城者は石川親子。
時代は豊臣秀吉全盛の桃山時代。
この石川和正という男にはちょっとしたエピソードがあります。
それは、徳川家康の幼少の頃からの譜代の家臣でありながら、信長死後の秀吉
と家康の天下取りの争いの中、突然徳川家を出奔し、豊臣家の家臣になってし
まうのです。
家康からすれば右腕中の右腕が突然離反したので大変です。
軍規や政治体制も熟知している男が敵方に(一応このときは秀吉と和睦してい
ましたが)寝返ってしまったので、急遽全て新しいものに変えたくらいです。
そんな男が築城した城が松本城なのです。
中山道の中央に造られたこのお城は完全に対徳川家康を考えた城ともいえます。
というのは、この時期徳川家康は東海道から関東に領地替えをされており、東
海道は秀吉譜代の家臣が入り、この中山道に松本城を造らせたのです。
という歴史背景のもと、通常戦国時代には山城が多い中で、平城と呼ばれる平
地に松本城は築城されます。
その理由は、新しい武器鉄砲を有効に活用するためです。
松本城の天守閣に登れば分かりますが、いたるところに鉄砲を撃てる狭間と呼
ばれるものがあります。
その数2000!
中山道を進軍してくる家康軍を2000の鉄砲で撃退する仕組みです。
松本城を囲んでいる水堀もちょうど当時の火縄銃の射程距離を計算されて造ら
れています。
あとは、私が以前書いた「お城旅行記」の中の文章と写真をご覧ください。
「お城旅行記」
残り2つの彦根城と犬山城もいつの日かご紹介いたします。