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 【週刊『国宝』】 第30号 2005年8月23日発行
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 「豊国神社 唐門」

 
 
 【建造時期】

 桃山時代(16世紀末)
 伏見城から移築

 【分類】

 神社

 【どこにある?】
 
 京都市東山区大和大路正面茶屋町530

 【感想】

 農民の子から人臣の最高位である関白まで一代で上り詰めた稀代の英雄、豊臣
 秀吉を祭った神社。

 それが豊国神社です。
 当然、御祭神は豊臣秀吉です。

 そして、この神社の唐門こそ往年の豊臣秀吉が築城した伏見城の門であり、桃
 山文化の栄華を今に伝える豪壮雄大な国宝門です。

 この神社自体は1598年に豊臣秀吉が62歳でこの世を去った翌年に建立された
 神社ですが、のちに天下を握った徳川家康によって破壊されてしまいます。

 一代の英雄豊臣秀吉の天下はこうして終焉し、長い間忘れ去られてしまいまし
 たが、徳川幕府が大政奉還し、明治政府が樹立されると皇室に対して数々の恩
 恵を捧げてきた豊臣家の名誉は回復され、1880年(明治13年)に再建されま
 す。

 それにしても徳川家康もこの唐門を破壊しなかったのはなぜだったのでしょう
 か?
 お陰で桃山文化の素晴らしさをこの目で見ることができますが。

 この神社のすぐ隣にはなんと、豊臣家滅亡の遠因にもなった「国家安康・君臣
 豊楽」の銘が刻まれた方広寺の鐘があります。

 日光東照宮と比べると規模も観光客の数も段違いに違いますが、それがまた豊
 臣家の栄枯盛衰を感じさせ、もののあわれを感じずにいられなくなります。

 三十三間堂のすぐそば(徒歩5分)の場所にありますので、お時間のある人は
 ご覧になってみるといいかもしれません。

 詳しくは別のメルマガ日本旅行記にてご紹介しております。

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