お城クイズ答え
Q12.武田氏滅亡の原因になる長篠の合戦。武田軍二万に包囲された長篠城は
完全に孤立してしまいます。そのとき、城主の奥平信昌はどのような手段で、主君
徳川家康に援軍の催促をしたか?
答え
4.足軽が命がけで包囲網を突破して届けた
史上有名な長篠の合戦ですが、もともとは奥平信昌のこもる長篠城を武田勝頼公
が攻めたのが始まりです。
一万五千の武田の兵に対して、奥平軍はわずか500。
しかし、要害の地にある長篠城はすぐには落城いたしません。
それでも城内の兵糧は着実に減っていきます。
困った奥平氏は、主君徳川家康公に援軍の使者を出そうとします。
しかし、城は武田一万五千の兵がアリの抜け出る穴もないほど囲んでいます。
まさに命がけの任務に城兵は皆躊躇し誰も名乗りをあげません。
そんな中、名乗りをあげたのが足軽「鳥居強右衛門」。
彼は決死の覚悟で武田の重囲を破り、家康公の陣にたどりつきます。
その場で、援軍を出すことを聞いた、強右衛門はその知らせを早く城に伝えたい
といって、静止する家康公をふりきって、また、長篠城に向かいます。
しかし、もう少しでたどりつく…というところで、武田軍に発見され、捕らえら
れてしまいます。
総大将の武田勝頼公は、強右衛門に尋ねます。
「そなたは何者だ」
「わしは、奥平信昌公の足軽、鳥居強右衛門だ」
「なぜ、武田軍にいたのだ」
「ご主君、徳川家康公に援軍を頼むための使者として城から出向き、その帰りだ」
「なんだと」
堂々とした強右衛門の態度に驚く勝頼公、あることを思いつきます。
「どうだ、お主が一言、城に向かって、援軍は来ないといえば、命だけは許すが、
どうだ」
「…」
しばし、考え込んだ強右衛門は小さな声でつぶやきました。
「分かり申した」
「そうか、では、すぐに城のすぐそばまで連れていこう」
…城のそばに連れていかれた強右衛門。
ある決意を胸にして、城の最前線に立たされます。
「御城内の方々へ物申す! 我は鳥居強右衛門。ご主君、徳川家康公の援軍はす
ぐそばまで来ておられますぞ! 皆々様、いましばらくの辛抱ですぞ!」
「おぉ! 主君家康公が出陣くださるか!」
城内の兵たちは一様に喜び、それに反して、勝頼公は、
「うぬ、うそをつきおったな!」
を怒ります。
そう、彼は死を恐れず、敢えてうそをつくことで、城の前線に連れていかれるよ
うにして、城内に援軍が来たことを伝えるのです。
哀れ、鳥居強右衛門は怒った勝頼公によって、逆さ磔(はりつけ)にされ、殺さ
れてしまいます。
鳥居強右衛門の忠義の心は後の世に伝わり、このときの様子を見た武田方のある
武将は、鳥居強右衛門の逆さ磔の絵を旗印にし、その旗印は今も残っているそう
です。