お城クイズ答え
Q24.戦国時代には女性で城持ちになった方がいらっしゃいます。
以下の4人のうちで城持ち大名でない女性は誰でしょう。
答え
4.お市
織田信長の妹にして絶世の美女と呼ばれた悲劇の女性。
最初、浅井長政に嫁ぎ、一男三女をもうけます。
しかし、夫浅井長政は、織田信長との同盟を破棄してまで旧恩ある朝倉方に寝返
り、背後を襲います。
九死に一生を得た信長は、浅井、朝倉を滅ぼします。
そのときに長男も捕らえられ磔になってしまいます。
織田家に戻ったお市は、その後兄信長が本能寺の変で急死すると、織田家の実権
は、羽柴秀吉に移ります。
その後、彼女は織田家の重臣、柴田勝家と結婚し、越前北の庄に3人の娘と赴き
ます。
しかし、夫柴田勝家は羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)に賎ケ岳の戦いで敗れ、北の庄
城は落城。
その際に、夫勝家と運命をともにします。
彼女の娘、茶々は秀吉の側室になり、後の淀君になり、秀吉の息子、秀頼の母に
なります。
1.修理夫人
世に有名な「女城主」の名のある、岩村城の城主、修理夫人。
織田信長の実のおばにして、岩村城城主、遠山景任の妻として岩村城にいました。
夫、遠山景任が亡くなった後は、未亡人として織田信長の五男御坊丸を養子とし
て女性ながらも、岩村城の城主として城を守ります。
しかし、天正元年、武田の武将、秋山信友が岩村城を囲みます。
城がなかなか落城しないので、秋山は一計を案じ、城内に密使を送ります。
その内容は「未亡人と結婚し、御坊丸を養子にし、彼に家督をゆずる」というこ
とでした。
最後まで城を守り通すことはできないと思った修理夫人は、彼の申し出を受け、
家臣達の命と引替えに結婚を認め、城を開城しました。
しかし、秋山信友は、修理夫人との約束を破り、信長の五男、御坊丸を甲斐に人
質として送ってしまいます。
まだ、武田信玄には対抗する力がない信長はただ、がまんするだけでした。
しかし、天正3年、武田勝頼が長篠の合戦で敗れると武田家の勢力は年々弱まり、
反対に織田家の勢力は高まります。
天正6年、織田信長は武田家攻略のために、信濃に侵攻します。
当然、6年前に秋山信友に奪われた岩村城も攻撃対象に含まれています。
攻める武将は、信長の嫡男、信忠。
6月から10月にわたる篭城戦も、ついに兵糧もつき、岩村城は落城していまい
ます。
このとき、信長は実のおばにもかかわらず、修理夫人を秋山信友ともに、逆磔(
さかさはりつけ)にします。
彼女は信長の所業を恨みながら亡くなったそうです。
●「女城主の物語」
2.淀君
言わずと知れた太閤秀吉の側室にして、豊臣秀頼のお母さん。
淀君のお母さんは、信長の妹、お市様。
血筋の良さとお市様ゆずりの美貌で秀吉の寵愛をうけ、淀城をもらいます。
つまり、彼女も一城の主なのです。
淀城の城主なので、「淀君」と呼ばれました。
しかし、彼女も慶長20年(1615年)、豊臣政権打倒を目指す、徳川家康によって
息子秀頼とともに、大阪城にて命を失ってしまいます。
●「お城の旅日記〜淀城〜」
3.立花ぎん千代
立花ぎん千代は、九州の名将、立花道雪を父に持つ女性です。
彼女は、7才のときに父道雪から家督を譲られ、立花山城の城主になります。
道雪はそのとき63才。
道雪が亡くなったときには、幼いぎん千代が立花家を率いなければなりません。
しかし、数年後、道雪は高橋紹運の息子統虎に惚れ込み、高橋家の嫡男だった、
統虎を頼み込んで立花家の婿として迎え入れます。
ぎん千代と結婚した統虎は後の立花宗茂として九州にその名を轟かせます。
しかし、一時は立花山城の城主だったぎん千代との夫婦仲はあまりよくなかった
らしく、関ヶ原の合戦後、所領を没収された宗茂とともにせず、肥後の地にて三
十四歳の若さで亡くなってしまいます。
●「武将列伝番外編・女性列伝・立花ぎん千代」
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