お城クイズ答え
Q31.長篠城の合戦で、決死の思いで援軍を頼みに行った鳥居強右衛門は、
長篠城から主君、徳川家康の居城、岡崎城まで、何キロの道のりを1日で
踏破したでしょう?
答え
答え:50キロ
時は、1575年5月。
長篠城において、奥平軍はわずか500。
それに対して、城を完全に包囲している武田軍は15000。
圧倒的不利な状況で、奥平軍は善戦します。
何度も武田軍の攻撃を撃退するも、いよいよ落城は必死の状態に。
そんな中、武田軍の包囲網を破って、主君徳川家康に援軍を請う使者の役割を志
願したのが、鳥居強右衛門です。
彼は、長篠城から岡崎城までの50キロを一晩で走破します。
豊川を下流まで泳ぎ、そのままカンポウ山という山で、無事ののろしを上げ、そ
のまま岡崎まで休みなく走ります。
自分の使命に城内500の命がかかっています。
必死に走った強右衛門は無事岡崎に到着し、家康はもちろん、岡崎についていた
織田信長にも謁見し、援軍を約束させます。
この日は岡崎で休むようにすすめる信長の言葉を辞退し、一刻も早く城内に援軍
の知らせを伝えたい強右衛門は、疲れた体に鞭打って、来た道50キロをまた帰
ります。
しかし、帰りは武田軍に捕獲されてしまいます。
観念した強右衛門に対して、武田勝頼は城内に援軍が来ないことを伝え、開城す
るように言えば、命は救ってやるという条件を承諾します。
そのとき彼には一つの覚悟がありました。
どうせ死ぬならば…
翌日、長篠城の正面につれていかれた強右衛門は、武田軍の予想もしないことを
口にします。
「ご城内の皆々様、織田、徳川の援軍はすぐそこまで来ておりますぞ! もう少
しの辛抱です。ゆめゆめ開城などされぬよう!!」
「何を言うかっ!」
激怒した勝頼は強右衛門を磔(はりつけ)にして殺してしまいます。
しかし、城内の士気は彼の死によってさらに高まります。
さらに、武田方にも彼の忠義の心に打たれ、彼の磔された姿を旗印にした物もお
り、その旗印は現存しております。
長篠城の合戦に関しては、また後ほどこのメルマガでもご紹介していきたいと思
います。