皆さん、こんにちは。
霧隠です。

楽しかった毛利オフの報告その4、桂城編です。
桂城と天神山城・・・今回の毛利オフで最も行きたかったお城です。

皆さん、桂元澄という武将をご存知でしょうか?
父、広澄が一族の謀反に連座して処刑された際に、彼は居城「桂城」に
いました。

さて、問題です。
彼はどうなったでしょう?

1.父親を殺されたことを恨み、篭城をし、元就公に徹底して反抗した。
2.父親と自分は別。桂家存続のため、城を明渡し臣従を誓った。
3.父親を殺されたことで、次は自分と思って篭城するも、元就公に説得され開城。

そうです。答えは3番です。

その模様をちょっとドラマ的に再現してみました。
(*)この話はかなり脚色されています。フィクションとしてご覧ください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
パカパカパカッ
使者「開門! 開門! 注進でござる! 若殿はいずこにおわす!」
ギギッー(門の開く音)

元澄「何事かッ!」
使者「お、大殿が・・・ ウ、ウウッ」(ガックリウうなだれる)
元澄「父上がどうした。」
使者「・・・・」
元澄「黙っていては分からん。どうしたのだ!」
使者「ご一族坂氏の謀反の罪の責任をとり、たった今ご自害あそばれました」
元澄「何ッ! まことか!」
使者「御意にござりまする!」
元澄「・・・・」

所変わって大広間。家臣一同勢ぞろい。
元澄 「みなも父広澄の自害の話は聞いたであろう。おって元就様がこの桂城に
    来るであろうが、いかがしたらよろしかろうか。皆の意見が聞きたい。」
家臣A「殿! 大殿にはまったく非はござりません。ここは篭城して亡き大殿に
    殉じるべし!」
家臣B「あいや、しばらく。大殿に非がないのであれば、ここで篭城などせず、
    潔く開城して桂家に二心のないことを示すべき!」
家臣C「そのようなことをしては、みすみす若殿までお命を奪われてしまうでは
    ないのか。ここは断固戦うべし!」
家臣D「篭城などして勝てる訳がなかろうがっ!」
家臣B「戦う前してそのようなことをいうとは、よもや命が惜しくなったのか。」

かくて家臣は、篭城派と恭順派に分かれて議論は堂々巡り。
元澄自身も判断を決しかけていた。

そのとき・・・

侍大将「軍議中、失礼致しまする。物見の知らせで、はや、元就軍が城に近づいた模
様。
    いかがいたしまするか。」
元澄 「何!? もうまいったか。早い、早過ぎる・・・」

元澄物見櫓に登る。

そこに、軍勢から騎馬1騎が近づいてくる・・・

侍大将「元就軍から1騎近づいてきますが、矢を射掛けまするか?」
元澄 「待て、使者かもしれん・・・あ、あのお方は元就様!!
    なぜ、単身でこちらに向かっておいでになるのか!?」

元就城門に近づき、大声で申して曰く(ちょっと論語調)
元就「元澄、よっく聞け! そなたの父広澄はこの元就の制しを振り切って自害して
   しまった。そなたまで死んでしまったら、この元就はどうなるであろう。
   命をそまつにするなっ! その命元就に預けてくれまいか。頼む! 元澄!
   この通りだ。」

元就目に涙を浮かべ必死の説得を心がける。
元澄、元就の自分に対する誠意に感動し、以後“この人のためには命を捨てる覚悟”
を強く心に誓った・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
す、すみません。
めっちゃ、前置きが長くなってしましましたm(_)m

何がいいたかったというと、このような毛利家のお家騒動の際に、元就公が
桂城に単身乗り付け、城門前で桂元澄を説得したというエピーソードがあり、
元就公の誠意に感動するとともに、実は内心、城門から城内まで声が届くこと
などあるのだろうか?
という疑問が大河ドラマを見ていた際に強く残り、今回の毛利オフにてぜひとも
確認したいと思っていたのです。

さて、その結果は・・・

登り口。
うっそうとした木々に包まれた山。
ここ桂城はあきらかに典型的な中世山城。
ふもとから本丸まで木々でふさがれ、その距離はかなりあり、声も届きそうもない。

・・・やっぱりあの話は作られたものだったのか・・・

と思い、ちょびっとがっかりしながら登りつづける事、約10分。
突然見晴らしのいい場所に出てきました。
この桂城は山城としては珍しい本丸が2つあるようなお城です。
こんな感じです。

  ___                   ___
 /   \    絶壁 絶壁       /    \
|        |__________/       |
|        ____  ____        |
|        |    | |    \_____/
 \___/     | |   
          ↑
         登り口       

ただ、高さを見ると、左側の曲輪の方があきらかに高いので、こちらの方が
多分本郭なのでしょう。

それよりも驚いたのは、向かい側が絶壁になっており、当然敵が攻めてくる
ことはないのですが、そのことより、絶壁ということは・・・

    _____
   |
   |
   |絶
   |
   |壁
__|

こんな感じになっており、そのときふと下をみたら、子供が元気に
「お母さぁ〜ん」
と叫んでいる声が聞こえてきました。
と、いうことは・・・
    
         元澄  
          _____
       も |
       と |
     / ず |絶
   /  み |
 元就    |壁
_____ |

というように大手口でなく、このような絶壁の方から呼びかけたのかも〜
と妙な納得をしてしまいました。
・・・これを書きたくてさきほどの(長い)前置きを書かせていただきましたm(_)m

また、このお城は、桂氏のお城ですが、本郭から福原城(鈴尾城)が見れるんです!
そのくらい家臣団のお城が近くにあるのです。

遺構は曲輪、土塁、空堀と良好に残っておりますが、なんといってもこの桂城。
心が癒されます。
城主である元澄公のお人柄なのか、優しい雰囲気が城内を包んでいるのです。
美しいものを見るとそれだけでうれしくなるように、優しい空間というのも
心を喜ばせるものだと実感いたしました。

厳島合戦では、陶晴隆を厳島にお引き寄せるため、いつわって内通の手紙を
出し、元就公の作戦に貢献した元澄公。
某の好きな武将の一人です。

好きな武将のお城をめぐるのもまた、楽しいお城めぐりの一方法だとも思いました。

長々となったしましましたが、桂城のご報告を終えたいと思います。
次回は、井上党の居城、「天神山城」についてご報告したいと思います。

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