【キリのコメント15】

 1556年、ついに弟、勘十郎は兄信長に反旗を翻します。
 そそのかしたのは、信長の筆頭家老、林兄弟。
 当然、勘十郎付の家老、柴田権六も一味に加わります。

 まず、信長の領地を横領し、付近に砦を築きます。

 それに対して、当然信長も反撃に転じます。
 於多井川を超えて、砦を作ります。

 そこに柴田と林が手勢を率いて攻めかかります。

 その数、柴田1000、林700。

 翌日、信長も清洲より進軍。
 両者は稲生の地で相対します。
 世に有名な稲生の合戦です。

 このときの信長の軍勢はわずか700。
 柴田、林軍の総数の半分以下です。

 そこで、一旦軍勢を下げ、軍を立て直してから、まずは、東に布陣する柴田軍
 に攻めかかります。

 しかし、柴田軍優勢のうちに戦いが進み、多くの部下が討ち死にし、信長のま
 わりにはわずか40騎という状態になってしまいます。

 そんな中、当然、信長が大声で叫びます。
 信長公記のここの部分をそのまま掲載いたします。

 「相がかりに懸り合ひ戦う所に、上総介殿大音声を上げ、御怒りなされ候を見
  申し、さすがに御内の者共に候間、御威光に恐れ立ちとどまり、終に崩れ候
  キ。」

 信長の大音声。
 
 本当に若いときの信長には躍動感というか、イキイキとした息遣いが聞こえる
 というか、若者らしいダイナミックな動きをしています。
 
 この後、自らの手で敵将の美作を討ち取ったりしていますので、若いときのう
 つけのイメージだけで青年期の信長を描くのはもったいないと思うくらい、り
 りしい若武者ぶりです。

 しかも、いくさにあたっては、大音声をあげ、柴田軍を圧倒するわけですから、
 どこぞのドラマで、もっと若いころの信長にスポットライトを当てて、この信
 長の大音声シーンを描いて欲しいですね。

 なんだか信長公記のこのシーンを読んでから、さらに信長が身近な存在に思え
 てしまったのは私だけでしょうか。

 まさに一喝で柴田軍を敗退させた後は、武力で美作軍を背走させ、一挙に勝利
 に持って行きます。

 それにしても、本当に信長はいくさが強いですね。
 一体、尾張兵は弱小などと誰がいっているのだろうと思うくらい、若いときの
 信長は最前線で戦い、しかも、どのいくさも勝利を収めています。

 戦略家だけでなく、このような戦術家としても一級だったのでしょうね。

 さて、いくさに勝った後、勘十郎は母の口添えもあり、命を許されます。
 その際に、柴田も許されます。
 さらに、この謀反の首謀者でもある林佐渡も先年のこともあって許したとあり
 ます。

 例の信長が来た際に、殺さなかったという話です。
 
 これだけを見ると、信長は決して血も涙もない冷酷な武将でないことになりま
 すね。

 こうして、最大のピンチを脱した信長ですが、まだまだピンチは続きます。
 次に謀反を起こすのは誰なのか?

 次々に身内が謀反を起こす、内乱状態の尾張の国をどう信長が掌握していくの
 か、目の離せない話が続きます。
 
 お楽しみに〜

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