【キリのコメント20】

 ついに義元が桶狭間にて討ち取られてしまいます。

 まず、よくドラマに描かれる桶狭間では、雨の中戦いが行われたり、雨音のお
 かげで義元の本陣まで近づくのに気づかれなかったなんて書かれていますが、
 信長公記によると、信長の義元本陣への強襲は、雨が止んだ後になっています。

 この雨がすさまじいもので、二抱えや三抱えもあるくすの木が倒れ、それを見
 た信長の兵士たちは、「熱田大明神の神軍(かみいくさ)か」と言ったとありま
 す。

 雨が止んだ後の信長がまたかっこいいのです。
 信長公記のその場面をそのまま掲載いたします。

 「空晴るるをご覧じ、信長槍をおつ取て大音声を上げて、すはかれかかれと仰
  せられ」

 とあります。

 雲が晴れ渡る様子を見る信長。
 おもむろに槍を取る信長。
 大音声で「すわ、かかれ! かかれ!」と叫ぶ信長。
 
 このシーンをぜひともドラマで!!
 なんてばっかり書いていますね(^^;

 雨が止んだ後の澄み渡る青空の中で義元の本陣に突撃をする信長勢。
 その黒煙を見て、今川勢はわっと後ろに崩れさったといいます。

 弓・槍・鉄砲・のぼり・指物を捨て去り逃げ惑う今川勢。
 とるものとりあえずという状況を信長公記では「算を乱すに異ならず」と書い
 ています。

 なんと、義元の輿も捨てて逃げたと書いてあります。
 義元の輿は塗輿で、朱塗りの輿で、管領や大名が使用する豪華なもので、一目
 でわかるものだったのでしょうね。

 これを見た信長は、「旗本は是なり。是へ懸れ」と下知したとあります。

 時間は、午後2時。
 ついに義元の本陣を発見いたします。

 信長公記と前回もご紹介した甫庵信長記の違いのひとつは、時刻の記載です。
 信長公記には、日時がしっかり記載されているものが多いです。

 明け方から午前八時、正午、二時とそれぞれの時間、どのようなことが行われ
 たのか克明に描かれた桶狭間の合戦。
 
 しかも、場所もしっかり書かれています。
 残念ながら桶狭間山がどの山か、今もよくわからないそうですが、丹下→善照
 寺→中島までははっきり分かるようです。

 そして、最後の襲撃の際に、東に向かって攻めかかったと書いてあります。
 何回もご紹介した桶狭間の地図ですが、この最後に東にかかったという記述に
 従うと、私の推測ルートの「B」になるのでは? と思います。

 皆さんはいかがお考えでしょうか?

  「桶狭間合戦図 

 信長の兵はわずか2000といえども、突然の出来事に義元軍は大慌てで、算を
 乱して逃げ惑っているわけですから、完全に収拾がとれず、指揮系統はバラバ
 ラ、もはや軍として機能していかなった気がします。

 一度背走しだした軍は弱いようです。
 退却時こそ多くの兵が命を落とすと言われています。

 それでも、大将の義元そばには、300の兵が彼を囲みながら退却していたよう
 です。

 しかし、わずか300では、2000の団結した兵には数でかないません。

 四万の軍勢が、わずか300の兵になぜなってしまったのか?
 それは、信長の運なのか、見事な戦術なのか、両方だったのか、答えは見つか
 らないでしょうね。

 さて、300の兵では結果は明らかです。
 二度三度、四度五度と攻められながら、義元の旗本は最後はわずか50騎にな
 ってしまいます。

 この最中に、なんと信長も自ら馬から下りて、若武者と先を争って、義元の兵
 を突き伏せ、突き倒したとあります。

 前回の稲生の合戦でも槍で敵将を討ち取った信長ですが、桶狭間でも後ろで指
 揮をしたというよりも、最前線で兵と供に槍をしごく信長!

 ぜひともこの見事な武者ぶりを大河ドラマでとりあげて…ってもういいですね。

 そして、ついに義元の最期が訪れます。
 まずは、服部小平太が義元に切りかかりますが、逆に義元に膝口を切られ倒れ
 てしまいます。

 そのすぐ後に、毛利新介が義元を「伐臥せ頸を」とります。
 信長公記では、なぜ毛利新介が義元の首を取れたかという理由を、先年清洲で
 武衛が討たれた際に、その弟を助けたからだと書いています。

 義元軍は大将の義元が討たれてしまい、完全に崩壊状態。
 深田にはまってしまい、這いずり回っている敵兵に追いついた信長軍は散々に
 討ち果たしたようです。
 そして、信長のもとに、家臣たちがたくさん首を持って訪れます。

 しかし、信長は、家臣たちにいずれの首もすべて清洲に帰ってから見るといい
 ます。
 それでも、義元の首は見て、「ご満足斜めならず」だったようです。

 こうして、4万の今川に対して、わずか2000の兵で信長が勝った桶狭間の合
 戦が終結いたします。

 たった一日の出来事ですが、信長の激情といいますか、感情がほとばしってい
 るのを感じるのは私だけでしょうか。

 まさに一世一代の大勝負に勝った信長。
 桶狭間の合戦後、信長が取った行動はどうだったのか?
 次回、桶狭間の合戦後をご紹介いたします。

 それでは〜

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