【キリのコメント8】

 山口の裏切りから4ヶ月。
 今度は、主君筋の清洲にいる坂井大膳たちが信長に反旗を翻します。
 一挙に、深田、松葉の両城を奪取します。
 その際に、松葉の城を守っていた信長の叔父(信秀の弟)孫十郎信次も捕虜に
 なってしまいます。

 清洲はもともとは、父信秀も仕えていた尾張の国、下4郡の守護代の治めてい
 た地。

 確か、達勝という名前でしたが、信長公記にはこのとき清洲勢の中に彼の名前
 はどこにも出てきていません。
 このとき攻め手の中心人物は、坂田大膳、甚介、川尻秀隆、織田三位。
 川尻秀隆は、後に信長の家臣になり、本能寺の変後の混乱で甲斐の国が騒乱状
 態になった際に、国人一揆で死去した人物です。

 それはさておき、深田、松葉を奪取された信長は、さっそく兵を率いて海津と
 いう場所に向かいます。
 と、同時に叔父、孫三郎信光も援軍に訪れます。
 
 その動きを見て、清洲からも兵が押し出してきます。
 そして、翌日の午前8時に両者は火花を散らします。
 しばしの激戦後、大将格の坂井甚介が討ち死に。
 
 これをきっかけに清洲勢は総崩れになって、50騎も討たれてしまいます。
 さらに松葉口でも戦いは始まり、こちらも清洲勢の敗退、清洲城に逃げ帰りま
 す。
 深田口でも信長方が優勢に戦いを進め、ここでも清洲勢は30騎が討ち死に。
 
 これを見た信長はすかさず、松葉城、深田城に兵を進め、両城とも降伏。
 こうして、両城を取り戻すことができました。

 結果だけを見ると信長軍の圧勝です。
 
 これによって清洲の勢力を封じ込め、田畑の作物を刈り取らせ、清洲勢との争
 いが始まります。 

 戻る


 |  医食同源<体にいい食べもの>  |  週刊「孫子の兵法」  |  週刊「国宝」  |  週刊「論語」  | 
 |  織田信長一代記  |  一日一考  |  古事記物語  |  お城旅行記  |