「第38話 義昭、佐々木、朝倉を頼る」

 「一乗院殿、兄君義輝公、弟君鹿苑院殿、三好一党に攻められご自害されたよ
  うでございます」

 「何、それは誠か!」

 「はい、ここ南都も危ないかもしれません」

 「申し上げます! 京都より三好修理大夫、松永弾正の使者が参りました!」

 「…通せ」

 将軍、義輝の二番目の弟、南都一乗院義昭は、興福寺にいて、僧になり、世俗
 から距離を置いていた。

 「当興福寺を相続されるのであれば、身の安全は保障いたします」

 「…それはもっともである。私は僧の身、世俗のこととは距離をおきたいと思
  います」

 「その旨、修理大夫にお伝えいたします」

 こうして、次男、義昭だけはどうにか難を避けることができた。
 そして、しばらくは、興福寺に身を寄せていたが、ひそかに抜け出した。

 「本当に大丈夫なのだろうな?」

 「はい、この和田にお任せください。近江の佐々木左京大夫承禎(六角義賢)
  は、必ず頼りになると思います」

 「そうでなければ、この険しい伊賀・甲賀路を歩いた甲斐がないぞ」

 「さぁ、もうすぐでございますぞ」

 興福寺を抜け出した義昭は、和田伊賀守(惟政)を頼り、ともに近江の佐々木
 左京大夫承禎のもとに赴いた。

 「佐々木殿、わしとともに、三好討伐の軍をあげてくだされ」

 「私など御所様のお役にたたないと思いますが…」

 「そのようなことはない。頼む、立ってくださらないか」
 
 「…あまり無理を申されると、ここを出て行っていただくことになりますぞ」
 
 結局、承禎は、厄介者の義昭を追い出してしまった。

 「わしはこれからどうすればいいのだ」

 途方にくれた義昭は、その後、若狭の武田氏を頼り、さらに、朝倉義景を頼り、
 越前に赴いた。

 しかし、父の代に将軍家のご相伴衆にもなった朝倉氏も、義昭の帰洛について
 はなかなか口に出さなかった。

 <参考文献>
 ニュートンプレス:信長公記(太田牛一:原著 榊原潤:訳)
 角川ソフィア文庫:信長公記(奥野高広、岩沢愿彦 校注)

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