「第40話 義昭、信長を頼る」
「信長は迎えを遣すだろうか?」
「大丈夫でございます。かの男は美濃、伊勢を奪い、その勢力は日の出の勢い
がございます」
「そうだといいのだが。一体、わしはいつ将軍の地位につけるのだろうか…」
「義昭様! 織田上総介信長の使者が参りました!」
「そうか! すぐに通すように!」
永禄11年(1568)7月25日。
織田信長は、越前より足利義昭を迎えるため、和田伊賀守(惟政)、不破河内守
(光治)、村井民部丞(貞勝)、島田所之助(秀順)を遣わした。
「義昭様がお着きになりました」
場所は、美濃西の庄、立正寺。
「そこもとが信長か。こたびはご苦労」
「全ては天下のため。この信長、微力ながら忠義を尽くす所存でございます」
「うむ、頼むぞ」
「つきましては、義昭様にはこれをお納めいただけますように」
見ると、末席に銅銭千貫文が積まれており、それ以外にも太刀・よろい・武具・
馬などを献上した。
「すまぬな」
「また、諸侯の皆様にもこちらの品を…」
「…この義昭、このように歓迎を受け、うれしいことこの上ないぞ」
「滅相もございません。この上は一日でも早いご上洛。この信長強く願う所存
でございます」
「おぉ、期待しておるぞ」
「ははっ」
8月7日。
信長自ら近江佐和山に出かけ、義昭の使者に自身の使者をそえて、佐々木承禎
に遣わせた。
「お館様、信長より使者が参ったようですが…」
「ここを出て行った義昭の使者とともに来たらしいな。して、何と言ってき
た?」
「……」
「…どうした?」
「…申し上げにくい内容なのですが」
「いいから、早くいわぬか」
「かしこまりました。あろうことか、お館様に対して、上洛に際して人質を出
し、接待せよと申しております」
「つまり、信長が義昭を伴って上洛するから、その途中、義昭を出迎え、あま
つさえ人質も出せというのか?」
「…そのようでございます」
「…ふざけるな! なんたる無礼な奴だ。使者にすぐ帰るように伝えよ!」
「かしこまりました」
しかし、信長の使者は7日間留まり、佐々木左京大夫承禎に対していろいろ説
得した。
「佐々木様、上洛にご協力していただければ、義昭様はあなた様を所司代に任
ずると申し上げておりまする」
それでも佐々木承禎は承服せず、ついに使者もあきらめ信長のもとに戻ってき
た。
「申し訳ございません。佐々木承禎を説得することができませんでした」
「まぁ、よい。こうなったら江州を征服するまでだ」
<参考文献>
ニュートンプレス:信長公記(太田牛一:原著 榊原潤:訳)
角川ソフィア文庫:信長公記(奥野高広、岩沢愿彦 校注)
【新規登場武将】
★和田惟政
近江の豪族で義輝が殺された際に、義昭が逃げ込んで来たのを匿い、その後
行動を供にし、信長にその忠節を認められ、義昭上洛後、摂津半国を与えら
れ、芥川城主になる。しかし、義昭が信長に反旗を翻した際には、義昭方に
属し、荒木村重に討たれる。
★不破光治
美濃の出身。斎藤家に仕えたが、道三死後は、信長に仕える。その後、前田
利家、佐々成政とともに柴田勝家の与力として「府中三人衆」となる。その
後の後半生ははっきりしないが、息子は柴田勝家に仕え、彼が秀吉に敗れた
後は、前田利家に仕えている。
★村井貞勝
古くからの信長の家臣で、信長上洛後は、京都所司代に命じられ、公家との
折衝を任される。本能寺の変の際には、信長の嫡男、信忠とともに二条城で
討ち死にをする。
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