「第41話 畿内統一」

 9月28日、信長は東福寺へ陣を移した。

 「柴田、蜂屋、森、坂井、お前たち4人に先陣を命じる」

 「ははっ」

 「ただちに桂川を越え、岩成主税頭がたてこもる勝竜寺城を攻め落とせ!」

 「畏まって候」

 すぐに攻めかかる柴田たち。
 敵も足軽を出して応戦するも、すぐさま馬を乗り入れ、首50余りを討ち取っ
 た。

 「敵はひるんでおりまする」

 「そうか、明日はわしも勝竜寺表に参るぞ」

 「お館様がお越しになれば、敵はすぐにも降伏いたすでしょう」

 29日、信長が大軍を持って勝竜寺表に攻め寄せたのを見た、岩成は敢え無く
 降伏。

 30日、山崎に到着。

 「芥川にこもるは細川六郎のようです」

 「構わぬ、押し通せ!」

 「はっ!」

 しかし、細川は夜になって退散。
 さらに、越水、滝山も退城。

 「残るは、池田勝正の守る池田城だけだな。」

 「左様でございます」

 10月2日、信長は池田城の北の山に軍兵を備えて、自らは見物した。
 
 「攻めかかれっ!」

 大軍でもって池田城に攻めかかる信長軍。
 配下の武将も奮戦し、多くの犠牲を出しながらも、ついに城に火をつけ、町に
 火を放った。

 「最早、これまで。今から信長に人質を出し、降伏いたす」

 こうして、信長は、五畿内(大和・山城・河内・和泉・摂津)を支配下に置い
 た。

 「申し上げます! 松永弾正久秀、お館様に面会を願い出ております」

 「通せ」

 すると、何かを大事そうに抱えた松永弾正が現れた。

 「こたびの上洛、お見事でございました」

 「うむ」

 「つきましては、こちらの品をご献上いたしたくお持ちいたしました」

 「何だ」

 「わが国に二つとない宝、つくもかみでございます」

 「ほぉ、これは見事な名物だな。大事にいたそう」

 「お喜びいただけ光栄でございます」

 それから、信長は本陣を芥川に移した。

 「聞いたか? 堺の商人、今井宗久は「松島の壷」と「紹鷗なす」を献上した
  ようだ」

 「中には、昔、源義経が鉄拐山でがけ下りをされた際に、つけていたよろいを
  差し出すものもいたようだぞ」

 「本当にお館様がいらっしゃる芥川は、外国や日本の珍しい物を持参して、何
  とか取り入ろうとする者で門前市をなしているな」

 「あぁ、これもお館様が義昭公のご上洛のお伴をしたからだな」

 「本当にこたびの上洛は末代までの高名だ」

 <参考文献>
 ニュートンプレス:信長公記(太田牛一:原著 榊原潤:訳)
 角川ソフィア文庫:信長公記(奥野高広、岩沢愿彦 校注)

 【新規登場武将】

 松永弾正久秀:三好長慶に仕え、将軍義輝殺害に加担する。信貴山に居城を構
        え、大和を支配するも筒井順慶との合戦で奈良の大仏を焼いて
        しまう。その後、信長の上洛後も大和の支配を許されるも1577
        年信長に突如反旗を翻した。しかし、すぐに織田信忠に信貴山
        城を攻められ、名物茶器平蜘蛛釜を割り、城に火を放って自刃
        した。

 +++++++++++++(編集後記)++++++++++++++++
 皆さん、こんにちは。
 キリです。

 東福寺からわずか1週間。
 信長はアッという間に畿内を制覇してしまうことになります。
 しかし、降伏するものを許し、その支配も認めるというものでした。

 信長というと比叡山の焼き討ちや一向宗の皆殺しばかりが目につきますが、降
 伏するものは許すこともありました。

 支配地域を増やすには最も効率のいい方法だったのかもしれませんね。

 それにしても電光石火とは彼のことをいうのでしょう。

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