第45話 六条合戦

 「何やら外が騒がしいようだが」

 時は永禄12年(1569)正月4日。

 「御所様、一大事でございます」

 「どうした十兵衛」

 「三好三人衆ならびに斎藤竜興がここ六条の館を取り囲んだようでございま
  す」
 
 「何!? 誠か?」

 「誠でございます。しかし、ご心配召されるな。我らがきっと追い返してみせ
  まする」

 「そうか、頼んだぞ」

 突然、将軍義昭のいる六条館を襲い掛かった三好三人衆。
 しかし、将軍を警護する細川、織田、野村、赤座、津田、渡辺、坂井、明智、
 森、内藤、山県、宇野が迎えうった。

 「おい、宇野参るぞ!」

 「おぅ、今こそ手柄を立てるときだ!」

 特に山県源内、宇野弥七の働きは際立ち、敵方の薬師寺九郎左衛門の旗本に切
 ってかかり、敵勢を切り崩してさんざんに戦い、あまたの者に手傷を負わせる
 ほどの奮闘ぶりだったが、ともに槍に漬かれて討ち死にしてしまった。

 「弓隊、放て!」

 襲い掛かる敵兵に降り注ぐ弓矢の雨。

 「ぐわぁっ!」

 あっという間に敵兵30騎あまりを射倒し、手負い、死人は数知れずという混
 乱ぶりだった。

 「くそっ、これでは、寺中に入ることもままならぬ」

 「薬師寺様に申し上げます!」

 「何だ」

 「わが軍の後方より細川藤孝、三好義次、池田勝政が攻めかかろうとしており
  まする」

 「なんと、それはまずい。一旦、六条への攻撃の手を休め、後方の敵に備える
  のだ!」

 後方から攻めてきたのは、細川、三好、池田以外に荒木村重もおり、桂川あた
 りで三好軍と衝突。
 ただちに一戦に及び、押しつ押されつ黒煙をあげて戦い、三好勢の高安、吉成、
 岩成、林、市田らを槍で討ち取った。

 こうして、三好勢の攻勢を無事しのぎきることができた。

 <参考文献>
 ニュートンプレス:信長公記(太田牛一:原著 榊原潤:訳)
 角川ソフィア文庫:信長公記(奥野高広、岩沢愿彦 校注)

 【新規登場武将】

 明智十兵衛光秀:美濃明智村に生まれる。足利義昭を信長に引き合わせ、義昭
         がとともに京に入る。その後、近畿制圧に活躍し、近江の坂
         本に城をもらう。さらに信長の比叡山延暦寺焼き討ちに参加
         し、丹波平定に乗り出し、丹波の国を授かる。1582年、徳川
         家康の接待係を仰せつかるもその役を解かれ、さらに丹波国
         を召し上げられ、中国地方の秀吉の援軍派遣を命じられる。
         1582年6月2日、中国地方に向かわず、京都の本能寺に滞在
         していた信長を殺害する。しかし、その後秀吉に山崎の合戦
         で敗れた光秀は、小栗栖で農民の手によって殺害されてしま
         う。享年55歳。

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