第48話 伊勢平定

 「伊勢を平定する」

 8月20日、信長は伊勢平定のために出陣。
 その日のうちに桑名まで進軍した。
 
 「藤吉郎、阿坂の城を攻略せよ」

 「畏まって候」

 しかし、先を争って阿坂の城を攻めた木下藤吉郎であったが、塀際まで詰め寄
 せたが、手傷をおって後退した。

 「ひるむな、かかれっ!」

 しかし、ひるむことなく激しく攻め立てた甲斐もあり、阿坂の城を落とすこと
 ができた。

 「城は滝川左近(一益)が守るように。よいか、小城には構うな、今より一挙
  に北畠がこもる大河内の城を攻め落とすのだ!」

 そういうと、大河内城を囲んだ信長は、自ら馬上からひとわたり状況を見た。

 「東のあの山に陣を張るぞ」

 「はっ!」

 「そして、今宵町を取り壊し、焼き払うのだ」

 28日。

 四方を馬で巡視した信長は、部隊を配置させた。

 「南の山には信包、滝川、津田、稲葉、池田、丹羽の各将が布陣せよ」

 「ははっ!」

 「西方には木下(藤吉郎)、氏家、伊賀、佐久間の各将が、東方には、柴田、森、
  佐々、不破の各将が布陣せよ」
 
 「畏まって候」

 「さらに、鹿垣(ししがき)を二重、三重に結い、通路を防ぎ、柵ぎわの見張
  りを前田(又左衛門)、川尻、佐脇、生駒に命じる」

 9月8日。

 「稲葉、池田、丹羽はおるか」

 「ここに」

 「そなたら3人は夜になったら西の裏門より攻めかかれ!」

 「かしこまりました」

 三手に分かれ、鉄砲を持って攻めかかったが、あいにくの雨で鉄砲は使えなか
 った。
 この夜間の戦いで、20数名が犠牲になる。

 翌9月9日。

 「左近、多芸谷(たぎや)国司の御殿をことごとく焼き払え。稲穂はすべて刈
  り捨てよ。兵糧攻めをするのだ」

 「はっ」

 一方、大河内城内にて。

 「殿、また、裏切り者が出ました」

 「…そうか」

 城を完全に包囲されて早一ヶ月。
 味方は次々に信長の軍門に下り、食糧も底をつき、城内には餓死者も出てくる
 ようになった。

 「…最早これまで。信長に使者を送るのだ」

 「…はっ」

 ……………………

 「お館様、北畠より使者が参っております」

 「なんといって来ておる?」

 「己の不徳をわび、お館様のご次男、茶筅丸様に家督をゆずるとのことでござ
  います」

 「よかろう、許すと答えよ」

 こうして、伊勢を平定した信長は、大河内の城を滝川、津田に引渡し、北畠親
 子は笠木に退城した。

 <参考文献>

 ニュートンプレス:信長公記(太田牛一:原著 榊原潤:訳)
 角川ソフィア文庫:信長公記(奥野高広、岩沢愿彦 校注)

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