第50話 常楽寺の相撲

 「ハァッケヨーイ、ノコッタ!」

 時は、元亀元年(1570)三月三日。

 「勝者、青地与右衛門、与右衛門!」

 信長は近江中の相撲取りを集め、常楽寺の境内で相撲をとらせた。

 「鯰江又一郎、青地与右衛門、そちたちの相撲見事である。これを授けよう」

 そういって信長は、二人に熨斗(のし)つきの太刀、脇差を与えた。

 「本日より召抱えよう。以後、相撲奉行を命ず」

 「ははっ!」

 「ありがたき幸せ!」

 「深尾はいるか?」

 「ここに」

 「そちの相撲はすぐれたおもしろいものだったぞ。信長、感服いたした」

 「恐れ多いことでございます」

 「そちにはこの衣服を授ける」

 「ありがとうございまする」

 その後、信長は上京し、隣国の武将がこぞってあいさつに赴いた。

 「兄上、祝着至極でございます」

 「おぉ、家康殿、はるばる三河よりご苦労。これからもよろしく頼むぞ」

 「畏まって候」

 こうして、門前市をなすほど盛況を極めた。

 …………………………………

 「ふむ、これが『菓子の絵』か。見事だな」

 あるとき信長は天下に知られた名物で、堺にあるという茶の道具を集めさせた。

 「これが『小松島』、あれが『柑子口』か。いづれも名品揃いだな」

 「お館様、こちらが松永弾正の『鐘の絵』でございまする」

 「ふむ、友閑、五郎左、これらの名物の所持者にこの信長が所望していたと伝
  えい」

 「かしこまりました」

 今や畿内を平定している信長の命をことわることができずに、名物の所有者は
 異議なく進呈した。

 「そうか、手放すとな。では、代金として金銀を与えるがよい」

 こうして、天下の名物が信長の所有となった。

 <参考文献>

 ニュートンプレス:信長公記(太田牛一:原著 榊原潤:訳)
 角川ソフィア文庫:信長公記(奥野高広、岩沢愿彦 校注)

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