第52話 朽木越え
「ぜひもなし」
義弟浅井長政の裏切りが明らかになった今、信長は軍議を開いた。
「撤退いたす」
「ははっ」
「藤吉郎はいるか?」
「ここにっ!」
「そちはここ金が崎城に残れ。」
「はっ!」
「殿(しんがり)を命ず」
「その役目、命にかえて成し遂げとうございます」
「…頼むぞ」
4月30日、信長は朽木越えの道をとり、そこの領主朽木信濃守の助けをかり、
なんとか京に戻ることができた。
「十兵衛(明智)、五郎左(丹羽)、今すぐ若狭に向かえ」
「畏まって候」
「かの地で武藤上野守から人質をとってくるように」
「お任せくださいませ」
信長の命を受けた両名はすぐさま若狭に向かい、武藤上野守から母親を人質に
とり、さらに砦を壊させた。
5月6日、明智、丹羽の両名は針畑越えをし、京に戻った。
「こちらが武藤上野守の母君でございます」
「うむ、ご苦労。下がってよい」
「ははっ」
「稲葉はおるか?」
「ただいま、お呼びいたします」
すぐに稲葉親子と斎藤内蔵助が呼ばれてくる。
「お前たち親子に不穏な動きを見せている近江路の警固を命じる」
「ははっ」
「斎藤内蔵助とともにすぐに近江守山の町に行くように」
「承りました」
近江守山についた稲葉、斎藤はすぐにただならぬ雰囲気を感じ取った。
「申し上げます!」
「何だ」
「へそ村から火の手があがりました!」
「何!?」
「恐らく浅井の手のもののしわざかと思われます」
「すぐに手兵を集めよ。一揆を鎮圧するぞ」
こうしてすぐさま一揆に立ち向かった稲葉親子と斎藤は南から攻めかかってき
た一揆勢を切り崩し、無事鎮圧することができた。
そのころ信長は、京都の町で人質を集めていた。
「これで全員か?」
「はい、以上でございます」
「よし、今より義昭公にお会いしてくる」
人質を集めた後、信長は将軍義昭に会いに行った。
「もし、天下に一大事が起こったときには、この信長すぐさま京に駆けつけま
す」
こういい残し、5月9日信長は京を去った。
その際に、家臣にそれぞれ命令を下した。
「森三左衛門は志賀の城、宇佐山の砦を守れ」
「はっ」
「佐久間右衛門尉はここ永原を守れ」
「畏まって候」
「長光寺には柴田修理亮。安土城は中川八郎右衛門に任せる」
こうして、近江に対する備えをした後、信長は岐阜に向かって出発した。
<参考文献>
ニュートンプレス:信長公記(太田牛一:原著 榊原潤:訳)
角川ソフィア文庫:信長公記(奥野高広、岩沢愿彦 校注)