第55話 姉川の合戦

 「申し上げます! 朝倉景健、兵8千にて小谷東方の大依山(およりやま)に
  布陣いたしました!」

 「続いて報告いたします。浅井長政もその後に5千の兵にて出陣したとのこと
  でございます」

 「うむ、ご苦労」

 合計1万3千の浅井、朝倉軍に対して6月27日明け方、信長は陣払いをした。

 「申し上げます!」

 「何だ」

 「浅井、朝倉軍、陣を出て姉川を前に布陣いたしました」

 「そうか」

 28日未明、信長が陣払いをしたのを見た浅井、朝倉軍は姉川に出て、野村、三
 田村の両村に移動し、軍を二つに分け布陣した。

 「今より陣容を申し付ける」

 「ははっ」

 「家康殿は先陣として三田村口に、東の野村の備えはこのわしが、また東方に
  は美濃三人衆に当たってもらう。合戦はほぼ同時に行われるであろう。皆の
  者大いに励め!」

 「おぉ!」
 
 6月28日午前6時ごろ両軍ついに姉川を挟んで火花を散らし戦った。

 信長、家康の軍勢の数は分からぬが、午後には浅井、朝倉軍を敗走させる。
 真柄、前波、小林、魚住らの武将が討たれ、浅井、朝倉方の死者は千百人を数
 えた。

 「浅井、朝倉軍、小谷城に敗走して行きます!」

 「よし、すぐに追撃せよ!」

 「ははっ」

 こうして、浅井、朝倉軍を敗走させた信長は、小谷まで50町までに迫った。

 「町を焼き払え!」

 「このまま城を囲みまするか?」

 「…いや、小谷は高山要害の場所にある。一気に攻めることはできるであろう。
  兵は一旦横山まで引くぞ」

 「かしこまりました」

 横山まで引いた信長は、すぐさま横山城を包囲した。

 「ご覧ください。横山城より降伏の使者がやって参ります」

 「うむ。降伏は認めよう。藤吉郎はおるか?」

 「ははっ! ここに」

 「そちにこの城を任せる。ここより小谷城に圧力をかけるのだ」

 「お任せください!」

 「よし、次は佐和山だ!」

 7月1日、信長は佐和山を囲ませ、東方の百々屋敷に砦を築かせ、丹羽五郎左
 衛門を置き、北の山には市橋九郎右衛門、南の山には水野下野守、西の彦根山
 には河尻与兵衛を置いて、四方から包囲し、各方面への通路も遮断した。

 「これでしばし大丈夫だろう。わしは上洛して将軍に会ってくる」

 「かしこまりました」

 7月6日全ての処置を終えて、信長は京へ上洛し、将軍に会い、戦況を報告し、
 いろいろ指示を出して、8日には岐阜に戻った。

 <参考文献>

 ニュートンプレス:信長公記(太田牛一:原著 榊原潤:訳)
 角川ソフィア文庫:信長公記(奥野高広、岩沢愿彦 校注)

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