第60話 朝倉とのにらみ合い

 「比叡山からの返事がまだか?」

 「はっ、まだでございます」

 「そうか」

 「申し上げます! 比叡山の様子を見てまいりました」

 「どうであった」

 「…ひどいものでございます。僧侶でありながら、食べてはいけない魚や鳥を
  食べ、あろうことながら女人を呼び寄せている者もおりました。最早寺院内
  には規律などないも同然でございます」

 「…そうか。そのまま叡山と取り囲め!」

 比叡山を完全に包囲しながら1ヶ月が過ぎようとしていた10月20日、信長は
 朝倉方に使者を送った。

 「お館様のお言葉をお伝えいたす。いつまでも互いににらみ合い、時を無駄に  
  するのは無用なことである。これより一戦いたし決着をつけようではないか。
  日を定めて出て参られよ! 返事はいかに?」

 「し、しばし待たれよ」

 「いつまで待てばいいのか。すぐにご返答願いたい」

 しかし、朝倉方から明確な返事はなかった。
  
 「申し上げます! 朝倉方より使者が参っております」

 「通せ」

 「主君よりの伝言をお伝えいたす」

 「うむ」

 「我らは織田殿に対し講和を求める」

 「ならん! 一戦を交えるのみと伝えよ」

 「…はっ」

 こうして、朝倉方の使者を追い返し、さらに比叡山の包囲を続けた。
 その間に三好三人衆は京都を伺ったが、信長方の陣が固くどこにも隙がなかっ
 た。

 江南方面では、佐々木承禎親子が甲賀口の菩提寺という城まで攻めてきたが、
 兵力が少なく、戦いをしかけるまでにはいたらなかった。

 近江在住の大坂本願寺門徒がこの機に一揆を起こし、尾張、美濃への退路をた
 つ動きを見せたが、人数が多いだけの百姓の集まりだったので、あまり効果を
 あげることができなかった。

 これらの動きをすべて察知し、手を打っていた信長は動じることなく比叡山の
 包囲を続けた。

 「これで一揆を制圧できたな」

 「ええ、丹羽様、そのようでございます」

 「我らもお館様の元に馳せ参じよう」

 「主君の大事はこのときですな」

 木下藤吉郎と丹羽五郎左衛門は村々を回って一揆を鎮めていたが、あらかた平
 定し終わったので、十分な兵力を敵の小谷城の押えである横山城と佐和山城の
 押えである百々屋敷に置き、信長が布陣していた志賀に向かおうとした。

 「申し上げます! 一揆勢が箕作山、観音寺山にのぼり、我らの行く手を防ご
  うとしておりまする」

 「たかが一揆勢。ひともみで切り抜けようぞ」

 そういって、木下と丹羽は先頭の武者を切り捨て、わけなく通り抜け、無事志
 賀にたどり着くことができた。

 この様子を見ていた信長は、近づく軍隊を木下、丹羽と思わず、山岡美作守が
 佐々木承禎を引き入れ謀反を起こしたか? と不審に思っていた。

 「申し上げます! 木下殿、丹羽殿が一揆を平定し、馳せ参じましてございま
  す」

 「そうか、よくぞ参った」

 この知らせを聞いた諸陣でもどっと士気が上がった。

 <参考文献>

 ニュートンプレス:信長公記(太田牛一:原著 榊原潤:訳)
 角川ソフィア文庫:信長公記(奥野高広、岩沢愿彦 校注)

 戻る


 |  医食同源<体にいい食べもの>  |  週刊「孫子の兵法」  |  週刊「国宝」  |  週刊「論語」  | 
 |  織田信長一代記  |  一日一考  |  古事記物語  |  お城旅行記  |