第63話 大田口合戦

 「これより長島を攻める!」

 「ははっ!」

 「佐久間、浅井、山田、長谷川、和田、中島は中筋口より、柴田、市橋、氏家、
  伊賀、稲葉、塚本、不破、丸毛、飯沼は大田口より攻めよ。わしは津島まで
  陣を進める」

 「かしこまりました」

 5月16日、村々に火をつけて軍をひいたところ、長島の一揆勢が山中に移動し
 た。

 そこへ柴田勝家率いる大田口勢がやってきた。

 「まだだ、まだ矢を放つな。十分引きつけてから一気に射掛けるのだ」

 そこは、右側は大河、左側はがけ道という一騎打ちより方法のない難所であっ
 た。

 「よし、今だ! にっきく織田軍を討ち取れ!」

 「おぉ!」

 ピュンピュン

 「申し上げます! 長島一揆勢、山中より味方を襲撃。狭い場所ゆえ狙い撃ち
  されております」

 「何と、油断した。しばし後退せよ」

 一揆勢にどっと襲われ、勝家自身も軽傷を負って後退した。
 代わって二番手の氏家卜全が討って出た。

 「今までのお館様の恩義に報いるためにもここは命を棄てて柴田様をお守りす
  るのだ!」

 こうして命がけで一揆勢に攻めかかった氏家は家臣ともども討ち死にを遂げて
 しまった。
 5月の長島攻めはさんざんな結果に終わってしまう。

 ときは流れ、8月18日。
 信長は江北に出馬、横山城に着陣した。
 8月26日、信長は小谷と山本山の間にある中島という村に一晩陣を設け、足軽
 に命じ、余呉、木本までの村々をことごとく放火した。
 
 27日には横山に戻り、28日佐和山に向かい、丹羽五郎左衛門のもとに宿泊し
 た。

 「これより志村攻めを行う」
 
 9月1日信長は志村攻めを命じた。

 「寄せ手の大将のには佐久間、中川、柴田、丹羽の4人を任ず」
 
 「はっ!」

 「四方から一気に攻めるがよい」

 「ご期待通り一気に落として見せます」

 こうして、四方から一気に攻められた志村城はあっけなく落城し、4人は670
 余りの首をあげた。

 「申し上げます! 志村城が落ちたことを聞いた、近郷小川城の城主、小川孫
  一郎、人質を連れ降伏の意思を表示してまいりました!」

 「うむ、許すと伝えよ!」

 「畏まりました」

 9月3日、近江常楽寺に滞在。
 
 「一揆の立てこもる金が森の状況は?」

 「はっ、仰せの通り、周辺の稲穂を全て刈り取り、さらに鹿垣を結び、四方を
  取り囲み、外部に通じる出口を全て押えました」

 「うむ、ご苦労。あとは時間の問題だな」

 「お館様! 金が森より降伏の使者が参りました!」

 「よし、これも許そう! これでいよいよ比叡山攻めができるな」

 こうして、9月12日、ついに信長は比叡山攻めの準備を整えた。

 <参考文献>

 ニュートンプレス:信長公記(太田牛一:原著 榊原潤:訳)
 角川ソフィア文庫:信長公記(奥野高広、岩沢愿彦 校注)

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