第65話 御所修繕

 「御所の修理、無事終わりましてございます」

 「うむ、ご苦労」

 信長が京都に来る前の御所はひどく痛み、権威を保てない程だったので、日乗
 上人と村井民部丞を奉行にし、修築を命じ、3年立ってこのほど完成した。

 「紫宸殿、清涼殿、内侍所、昭陽舎、どれも滞りなく修繕いたしました」

 「お局の増築もすみ、みな、喜んでおりまする」

 「うむ、それで朝廷の収入の件はどうした?」

 「その件に関しましては、洛中の町人に米を貸付け、その利米を朝廷の費用に
  当てるようという指示通りにいたしました」

 「これで、朝廷の財政不足も解決するだろう」

 「左様でございます」

 「公家衆についてはどうだ?」

 「はい、領地を取り戻し、家が存続するよう手配をいたしました」

 「これで京の秩序は保たれるな」

 「すべてお館様のご配慮のたまものでございまする」

 「関所の廃止も徹底したか?」

 「はい、領国全ての触れを出しました。旅人も喜んでいる様子でございます」

 「交通が滞ると経済も滞る。経済を活性化することで領国も豊かになる。経済
  基盤を整え、いよいよ来年はにっくき浅井、朝倉を滅ぼすぞ」

 「かしこまって候!」

 「来年2月に攻め込む! 準備を怠るな!」

 「はっ!」

 1572年2月信長は近江方面に出馬、赤坂に陣を構えた。
 3月7日、小谷城と五十町離れた山本山の間に割って入り、余呉、木本までの
 ことごとくの村を焼き払った。

 9日は横山に帰り、10日には常楽寺で宿泊。
 11日には志賀郡へ出陣し、和邇に陣をもうけ、敵を木戸、田中の両城へ追い込
 んで、とりでを作った。
 
 「後は、明智、中村、丹羽に任せた!」

 「お任せあれ!」

 12日には信長は京都に上洛し、妙覚寺に宿泊した。

 「お館様、朝廷より使者が来ております」

 「こちらへお通ししろ」

 使者は、信長がたびたび京都に来るのに、決まった宿がないのはいかがなもの
 か、武者小路に空き地があるので、信長の宅地に当てられたらどうかという意
 見が天皇に上奏され、天皇も賛成し、そのことを伝えるために来たと口上を述
 べた。

 「せっかくの申し出なれど遠慮申し上げます」

 「なんと申されます。将軍からも邸宅の普請を許されておるのですぞ。ぜひ、
  お受けください」

 その後、天皇から再三すすめられ、信長も仰せに従うことにし、3月24日、
 着工式が行われた。

 まずは、塀から造られ、多くの人々が花を片手に集まり、邸宅ができるのを大
 騒ぎしながら見学した。
 普請奉行は村井民部丞、島田所助、大工の棟梁には池上五郎右衛門が命じられ、
 三好方の細川、岩成が信長へ礼に来、本願寺も万里江山の掛け物一軸ならびに
 白天目の焼き物が献上された。

 <参考文献>

 ニュートンプレス:信長公記(太田牛一:原著 榊原潤:訳)
 角川ソフィア文庫:信長公記(奥野高広、岩沢愿彦 校注)

 戻る


 |  医食同源<体にいい食べもの>  |  週刊「孫子の兵法」  |  週刊「国宝」  |  週刊「論語」  | 
 |  織田信長一代記  |  一日一考  |  古事記物語  |  お城旅行記  |