第67話 奇妙丸の武具着用始め

 「準備が整いましてございます」

 「うむ、そうか。では、奇妙丸をここに」

 「はっ!」

 7月19日、信長は嫡男奇妙丸の武具着用始めの出陣に同意し、その日は赤坂
 に陣をはった。
 20日、横山に陣を進め、翌日には小谷まで迫り、虎御前山に兵を上げた。

 「佐久間、柴田、木下、丹羽、蜂屋はいるか?」

 「はっ、ここに」

 「そちたちは付近の町を打ち壊すのだ」

 「仰せの通りに」

 「柴田はそのまま先陣として備えよ」

 「ははっ」

 「木下は明日、阿閉淡路守がたてこもっている山本山城を襲い、山すそに火を
  放て!」

 「畏まりました」

 信長の命を受けた藤吉郎は、山本山城を攻め、討って出てきた敵兵100名ばか
 りにどっと切りかかり、50あまりの首を討ち取った。

 7月23日、信長は余呉、木本地蔵坊をはじめ、付近の堂塔がらん、名所旧跡
 を一宇も残さず焼き払った、

 24日、草野の谷へも火を放った。
 さらに、大吉寺という高い山の上に堅固に作られた要害に、50坊もある寺があ
 り、そこに近郷の百姓たちが立てこもっていたのを、夜中木下、丹羽に襲わせ
 た。

 「いいか、みな焼き尽くすのだ!」

 「ははっ!」

 「林、明智、猪飼野、山岡、馬場、居初は囲い船(防御装備を施した船)を用
  意し、海津浦、塩津浦、余呉の入海に沿う江北の敵地を焼き払い、さらに進
  み、竹生島へ兵を寄せ、鉄砲大砲で攻め懸けるのだ!」

 「御意!」

 こうして江北方面では一揆が収まり、田畑をすべて刈り取ってしまうので、浅
 いの兵もだんだん手薄になっていってしまった。
 
 <参考文献>

 ニュートンプレス:信長公記(太田牛一:原著 榊原潤:訳)
 角川ソフィア文庫:信長公記(奥野高広、岩沢愿彦 校注)

 
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