第72話 将軍義昭の謀反

 「お館様、松永久秀殿がやってまいりました」

 「うむ、ここへ通せ」

 元亀4年、正月8日。
 松永弾正久秀は、昨年の冬に息子の久通が多門の城を明け渡すことを条件に、
 罪を信長が許してもらったことのお礼をいいに岐阜城にやってきた。

 「此度は愚息の罪をお許しいただき、ありがとうござりまする」

 「うむ」

 「これはささやかなれど、お礼の品でござります。お収めくださいませ」

 「おぉ、これは天下無双の名刀、不動国行ではないか。以前には薬研藤四郎
 (粟田口吉光)をもらったというのに。さすがよの、久秀」

 「いえ、お館様のお持ちの名物たちに比べたら私のなど大したことはござい
 ません」

 「謙遜するな。これからも息子には励んでもらうぞ」
 
 「ははっ」

 久通が出て行った後の多門の城は、山岡対馬守が城代として赴任した。

 話は変わり、将軍義昭が謀反を企てているという噂が信長の耳にも聞こえて
 くる。
 
 「お館様、義昭公の謀反、最早間違いございません」

 「あぁ、そうだろうな」

 「このままでよろしいのでしょうか?」

 「まぁ、あらかたわしが昨年送った17条の意見書が気に食わなかったのだろ
 うな」

 信長が義昭に送った17条の意見書を箇条書きにまとめると…

 一.近年参内をなまけているのはどういうことか?

 一.馬や他のものを所望する際には、この信長に申し付ければ、私から添え
   書きをして取り寄せるのに、なぜ、勝手にご内書を諸国に送り、直接馬
   を所望なさるのか?
 
 一.よく奉公しているものには恩賞を与えずに、新参者を重用するのは何事
   か?

 一.京の屋敷はこの信長が苦労して建てたのに、今宝物類をその屋敷から別
   の場所に移されたとのこと。信長と将軍家の不仲はみなが噂しておりま
   すぞ。

 一.賀茂社領の費用を岩成に命じ、百姓にも年貢を上納するように命じられ
   たとか。そのくせ、内々には必要ないという。内密の取り決めはよろし
   くないでしょう。

 一.信長に忠勤を励んでいる者に対しては、女房衆以下の者までつらくあた
   っているという。はなはだ迷惑です。

 一.何ら過ちのない者が、扶持が加えられないとこの信長を頼ってきます。
   再三扶持を与えられるように申してきたのになさらない。信長の面目も
   立ちません。

 一.若狭の国安賀庄の代官のことについて、粟屋孫八郎が訴えてきたのに、
   未だにご決断されないのはどうしてか?

 一.小泉が女房に預けておいた雑用品ならびに質草として預けておいた腰刀、
   脇差しまで取り上げて返さないのはどういうことか?

 一.元亀という年号は不吉だから変えるよう申し上げたのに、少しの費用を
   出し惜しみして、今までのびのびになっているのはどういうことか?

 一.罪によってその償いとして罰金を命じるのは分かるが、わいろで罪を見
   逃すのは外聞もよくありません。

 一.他国から献上された金銀を隠して、少しも役立てないのはどうしてか?

 一.明智光秀が地子銭を集めて、買い物の代金に預けて置いたところ、そこ
   は山門(延暦寺)領であると言い立てて、預けておいたものを差し押さ
   えたのはなぜか?

 一.去年の夏、お城米を金銀に換えられたとか。将軍家が商売をするなぞ聞
   いたことがありません。物騒な今は倉に兵糧の蓄えが必要だと思います。

 一.宿置に召す若い衆に、扶持を与えたいならば手近にあるものをあげれば
   いいのに、道理に合わない租税の取立てをして扶持に当てるのは世間の
   批判を浴びます。

 一.幕府に奉公している者たちは、武具・兵糧などのたしなみもなく、金銀
   を蓄えているという。将来浪人になるための準備か。将軍自身が金銀を
   蓄積し、京を捨てるつもりだからではないか。

 一.何事につけても欲深い心を持ち、道理にも外聞にも耳を貸さないから、
   庶民からは「悪御所」などいわれるのです。人がなぜ悪口をいうのか今
   一度よく考えてください。

 以上の17条の意見書を読んだ義昭は気を悪くしたという。

 「ええい、信長のあつかましい意見書を読んだか? 腹立たしいことこの上
  ない」

 「誠でござりまする」

 「わしを誰だと思っているのだ。足利15代将軍だぞ。わしがいなければ信長
  もあれほど偉そうな顔などできぬはずだ」

 「その通りでござりまする」

 「何としても信長を亡き者にしてみせよう…」

 「申し上げます! 甲斐の武田信玄、遠江に進軍中! 江北方面では浅井親
  子、越前の朝倉が虎御前城に攻めかかっておりまする!」

 「誠か? どうだ、わしの力を! 将軍の威光を持ってすれば信長など敵で
  はないわ」

 「今なら信長の兵力も少なくなっていると思います…」

 「そちもそう思うか? 今をおいて兵を挙げる機会はあるまい。わしが立て
  ばすぐに各地の大名が馳せ参じるだろう。今こそ蓄えた金銀を放出し、兵
  を雇い入れるのだ!」

 「ははっ!」

 義昭の謀反の報はすぐに信長の耳に届く。

 「申し上げます! 義昭公、ご謀反!」

 「ふむ、そうか」

 「いかがいたしまする?」

 「仕方ない。将軍家に対する長年の忠節をそこなうわけにはいかない。本意
  ではないが、世間のあざけりをうけないためにも、将軍が望む人質と誓紙
  を差し出し、今後は粗略な扱いはせぬと伝えよ」

 「かしこまりました」

 しかし、この和議は成立しなかった。

 「義昭公はお館様の和議には耳を貸しませんでした」

 「仕方ないな。それで、今どうしている?」

 「はっ、義昭公は光浄院・磯貝・渡辺といった者たちの口ぞえで、今堅田へ
  軍勢を入れ、石山に砦の足がかりを構築いたしました」

 「ふん、そうか。柴田、明智、丹羽、蜂屋はおるか?」

 「ここに」

 「追い払え」

 「畏まって候!」

 <参考文献>

 ニュートンプレス:信長公記(太田牛一:原著 榊原潤:訳)
 角川ソフィア文庫:信長公記(奥野高広、岩沢愿彦 校注)

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