第75話 義昭再び謀反す

 「百済寺に向かう」

 守山から百済寺に向かった信長、そのまま2、3日滞在した。

 「申し上げます。鯰江に佐々木承禎がこもっている模様です」

 「そうか。では、佐久間、蒲生、丹羽、柴田。そちたちは四方から追い詰め、
  付城を築き、敵を包囲せよ」

 「かしこまりました」

 「お館様に申し上げます」

 「なんだ、権六」

 「近頃、鯰江城にはここ百済寺の支援があるとのこと。一揆どもとも協力して
  いるようでござります」

 「それは誠か?」

 「はっ、確かでございます」

 「…うむ、それが誠ならば百済寺を焼き払え!」

 「ははっ!」

 4月11日、こうして百済寺の堂塔、がらん、坊舎仏閣に火を放ち、すべて焼
 き尽くしてしまった。
 そして、信長はその日のうちに岐阜に戻った。

 「長さ三十間、横七間の大船に百ちょうのろを立て、船尾と船首に矢倉をこし
  らえ、頑丈に作るように」

 5月22日、信長は岐阜から佐和山に移り、多賀、山田の山中から材木を切り
 出し、佐和山山麓の松原へ引き上げ、そこから勢田川を渡して引きおろし、国
 中の鍛冶、大工、木こりを呼び出し、大工の棟梁、岡部又右衛門に船を作るよ
 うに命じた。

 「岡部よ、しかと命じたぞ」

 「お任せくだされ。しかし、これほどの船をなぜ必要になるのでしょう」

 「義昭がまたわしに敵対した場合、琵琶湖の勢田あたりでわが軍をふせぐだろ
  う。そうなったときに、この大船があれば、五千も三千もの兵を一度に運ぶ
  ことができるからだ」

 「なるほど。では、大工たちにも急がせるように努めます」

 「うむ、頼んだぞ」

 こうして、夜に日をついで急がせた結果、大船は7月5日には完成した。
 
 「申し上げます! 義昭公、ご謀反!」

 「…そうか。して、どう動いた?」

 「ご自身は真木島に滞在、二条城には日野殿、藤宰相殿、伊勢守殿を留めおか
  れた様子です」

 大船が完成した同日7月5日、信長の予想通り、義昭は再び信長に反旗を翻し
 た。

 「すぐに大船に乗り、坂本へ向かう!」

 翌7月6日、風の吹く日だったが、信長はすぐさま坂本に向け琵琶湖を渡り、
 その日は坂本に宿泊した。
 7月7日、信長は京都に入り、二条の妙覚寺に陣をすえ、すぐさま二条城を包
 囲した。

 「お館様、公家方から降伏の使者がやって参りました」

 「何? もう来たか。して、何といっておる?」

 「いろいろ詫び言を申しており、人質を出すので命だけは助けてほしいとのこ
  とです」

 「ふん、まぁよい、許してやろう。このまま真木島に向かうぞ」

 「ははっ」

 こうして、二条城をあっという間におとした信長は義昭がこもる真木島に馬を 
 進めた。

 <参考文献>

 ニュートンプレス:信長公記(太田牛一:原著 榊原潤:訳)
 角川ソフィア文庫:信長公記(奥野高広、岩沢愿彦 校注)

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