皆さん、こんにちは。
霧隠です。
昨日、茨城町文化財審議委員会委員長であらせられる井坂さんの
ご案内のもと、総勢19名にて茨城県は茨城町小幡にある小幡城
にてオフ会を実施しましたので、ご報告させていただきます。
関東に土塁のお城あり。
その名を「小幡城」というなり。
3年前から土塁のすんばらしいお城があるらしいという噂はこの
MLでも何度も耳にし、訪ねる人すべての方がぶらぼーという声
を聞くにつれ、いつか行きたいお城の一つになっていました。
このたび、井坂さんという地元の方にご案内していただくことが
決まった段階で、お城MLにも告知させていただきました。
まずは、荒川沖駅にて電車組集合。
Mさん、Sさん、Sさんに車で小幡城まで送迎していた
だきました。
この場をお借りして厚く御礼申し上げます。
車の方とはにわの里にて合流。
そして、小幡城に向かいます。
いきなり、すっごい空堀が出迎えてくれます(^^)
それもいい感じにカーブしています。
1時に井坂さんがお出でに。
さっそく簡単な自己紹介後、井坂さんのご説明。
小幡の地の歴史を1100年前に遡ってしてくださいました。
小幡の地は代々、多気大掾氏がおさめていたそうです。
また土地の有効活用から、常陸の国の生い立ちまで実証主義の立
場から詳細にご説明いただきました。
いよいよ小幡城の攻略。
井坂さん「ええと、下から行きますか? それとも上に上がりま
すか?」
某「もちろん、土塁の上に登りましょう!」
普段は、小幡城を案内する際には、堀底を歩いて案内することは
あっても、土塁の上に登ってまで案内することはないようです。
しかも、当然登り道などございません。
とりあえず、目の前のガケ(5mほど)を直登します。
続いて井坂さん、参加者の皆さんも登ります。
ちょっとすべりやすい坂道でしたが、無事土塁の上に到着。
また、土塁の上から見下ろす堀底も格別です。
土塁の上はしっかり曲輪になっており、本丸がでっかい空堀の向
こうに見えています。
この段階では、こちらの曲輪の方があきらかに本丸より下にあり
ます。
が、しばらく進むと、いつのまにか本丸より高い位置になってい
ます。
井坂さんの話だとこのお城がいつごろ成立したか謎であるが、その
際に参考になる鉄砲に対して備えがあるかどうかですが、この距離
だと鉄砲玉が貫通する距離なので、やはり鉄砲伝来前に築城された
のか・・・はっきりしないそうです。
土塁をつたって、隣の曲輪に向かいます。
それにしても、20人での行軍は、先頭が縄張り図を片手に立ち止
まるとたちまち渋滞に。
皆さん、Yさんがお持ち下さいました縄張り図(ありがとうござ
います!)を片手にああでもない、こうでもないと縄張り図と実際
の地形の考察に余念がありませんでした。
某といえば、高低さの激しい、空堀、土塁を嬉々として駆け下り、
駆け上がりぜーはーぜーはいいながら楽しんでおりました。
それにしても、深く広い空堀。
まさに土塁の芸術といっても過言ではありません。
美しく、力強いその姿には思わず立ち止まり、ほれぼれと見とれて
しまいます。
聞きしに勝る土塁のお城、小幡城。
その名にたがわぬすばらしいお城です。
本丸といわれている場所は、土塁でしっかり守られており、井戸跡
もあります。
この井戸は実際に掘った方がいらっしゃるようで、井戸底には「かな
いし」と呼ばれる石があり、この井戸は実際に使用されていたことが
分かっていますが、水位が下がってしまったのか、今は枯れ井戸にな
っています。
この井戸には小幡城が落城した際に、お姫様が金の鳥をかかえて井戸
に身を投げたという悲しい伝説が残っています。
が、当然、井戸から人骨は出てこなかったそうです。
・・・金の鳥も。
それと、この小幡城は残念ながら未だ発掘調査はされておりません。
(ちょっとトレンチを入れれば、実際に合戦があったか分かるのに・・・)
県の史跡にも指定されていません。
茨城町の史跡になっているだけです。
茨城町としては何度か県に頼んだそうですが、文献等に詳しき記載さ
れていないので、なかなか史跡としては認定されないそうです。
これだけの保存状態で当時のままの遺構が残されていても県の史跡に
ならないのは不思議なくらいです。
それでも、井坂さんのお話しでは、なんとか小幡城を保存するために
も、町の史跡にするだけなく、県の植林事業も誘致して、許可なくお
城の木を伐採できないようにして、お城の保存に二重のネットをかけ
たそうです。
実際に、お城には下草も多く、木々も倒木にまかせていますが、こう
することが土の流失も防ぎ、お城を保存するのに役立つのだそうです。
地元の方の保存に対するこまやかな心配りに感謝の気持ちが尽きませ
ん。
また、この小幡城は文献上に出てないため、曲輪にも名前もありませ
ん。
実は本丸もはっきりとわかっていないのです。
全部で7つの曲輪があるので、便宜上、ニの曲輪、三の曲輪と数字で
呼んでいます。
なので、人によっては、本丸は現在、ニの曲輪と呼ばれている場所で
はないかという意見もあるようです。
さらに、本丸とニの曲輪の間にある曲輪も南側には土塁がなく無防備
になっているのが不思議です。
変形武者走りもユニークですし、水掘の存在を確認される方、土橋の
ウソを見破られる方、遺構の隅々まで自分の足で確認される方と参加
者それぞれの楽しみ方でお城めぐりをされ、とても勉強になりました。
どうやらこの小幡城、明治以降に陸軍の駐屯があり、多少遺構が破壊
されているようです。
また、地元の方が禁止されるまでは木の伐採もしていたようで、とこ
ろどころ木を運んだ後で、土塁が崩れていたりしているようです。
某は井坂さんよりいろいろお城のエピソードを聞きながら、楽しい時
間をすごすことができました。
長い様であっという間の3時間。
そろそろ日が暮れてきたので、希望者のみ温泉に向かいました。
温泉は、今回残念ながらご参加かなわなかったKさんのご紹介で
ゆりの郷という温泉に入りました。
(Kさん、ありがとうございました!)
結構広く、残念ながら曇っていて、筑波山は見れませんでしたが、晴
れていたら、雄大な筑波山を身ながら満天の輝く星を見ながらの露天
風呂になったはずです。
ちょびっと残念でした。
でも、お城めぐりの後の温泉&ビールはやはり最高で、そのまま皆さ
んと食事を楽しみ、お城談義に花を咲かせ、7時半には解散となりま
した。
最初は19人もの方々が参加くださるということで、ちょっとビビッ
ておりましたが、参加された皆さんのご協力のもと、滞りなく進行し、
無事終了することができました。
本当にありがとうございます。
皆さんとご一緒できて楽しいオフになることができました。
感謝、感謝でござりまする。
また、オフ会をする際には、どうぞよろしくお願いいたします。
それにしても、見事な土塁&空堀のお城でした。
また来るぞ〜、と心に近い、小幡城を後にいたしました。
ちょっと交通の便は不便ですが、満足度は★★★★★(満点)です。
土塁に対する見方が変わる小幡城。
皆さんもいかがでしょうか?
それでは、失礼いたしまする〜