皆さん、こんにちは。
霧隠です。
小田原城大城郭。
後北条氏が築いた全長9キロにも及ぶ大城郭。
城下町がすっぽり入るその大城郭を歩くことで、小田原城のすばらしさがさら
に分かるのでは? という思いのもと、Lilyさんのご案内のもと、十二分に楽
しむことができました。
Lilyさん、重ね重ねありがとうございました!
さらに、当日は午前中に小田原城郭研究会の小笠原先生にもご案内いただき、
とても勉強になりました。
さて、9時半に小田原駅に集合。
まずは、北条氏政、氏照兄弟のお墓まいり。
まわりに願いのかなう鈴がついていたり。
そして、幸田口門へ。
ここには土塁があります。
ここの看板はかなぁ〜り笑えます。
「次は武田信玄だ!」
というナレーションにはほほえみを禁じえません。
そのまま大手門にむかいます。
この大手門は徳川将軍をお迎えする際にしか使われなかった門だったようで、
東海道と甲州街道が近くを通っています。
写真撮影も兼ねて、三の丸から銅門、二の丸と行って、本丸へ。
そこから裏手にある遊園地に残る、土塁跡もすみずみまで探索。
さらに二宮神社にある大堀切も見学。
この大堀切の下には見事な障子掘が埋まっているという。
ぜひとも整備していただき、小田原城にも障子掘があるというのをこの目でみ
たいですね〜
この雷曲輪という不思議な曲輪の裏手にも土塁があります。
本丸見学後はいよいよ9キロにもわたる大城郭めぐりのスタートです。
まずは、早川口をめざします。
小田原城の大城郭を図に書くと・・・

・・・以前も書いた図ですみませぬ〜
右下の早川のすぐそばにあるのが、「早川口」です。
今回は、この早川口から、板橋口、水尾口、井細田口、山王口まで、時計回り
に大城郭をLilyさんのご案内のもとに十二分に楽しむことができました。
早坂口は、なんとしっかり遺構として残されています。
小笠原先生の話だとここの所有者が庭としてこの早川口をある意味保存してく
れたそうです。
その後、残ったこの遺構を整備して残しています。
ここだけ市街地の中で独特のいい雰囲気をかもしだしております。
城内という雰囲気です。
それから早川口二重遺構を見学。
だんだん坂道になってきます。
あとで、Lilyさんに教わりましたが、この小田原の市内は、3つの尾根の上に
あり、その尾根を上手に利用してこの大城郭が築かれたそうです。
図に書くとこんな感じ。

この3つの尾根がある! というのは小田原になぜこんなに坂道が多いのかの
理解に役立つような気がします。
自然の地形を利用した大城郭・・・
無理して作ったのではなく、自然の地形のままに大城郭を作ったら全長9キロ
にもなってしまった・・・ということでしょう。
坂道なので、ある程度登ると、かなりの高さになっています。
しかも、高さがあるので、海も見えるんです!
振りかえればふと海が目に飛び込んでくる・・・
早川口から大城郭めぐりを始めましたが、この海の見える瞬間は結構感動しま
す。
坂道はつらいですが、このような景色が楽しめるのも、大城郭めぐりの楽しみ
の一つではないでしょうか。
鉄砲矢馬を過ぎ、「*」印のある大堀切に。
今回は、道路から見える大堀切ですが、ぱっとみ全然気づかない場所です。
あまりにもひっそりとしていて、もしかして地元の方もご存知ないのかも。
・・・こんなにもすばらしい遺構があることをっ!
さりげなく大堀切の看板もあります。
それこそさりげなく。
さぁ、この大堀切は戦国時代への入り口です。
現代から戦国時代へ。
そんな錯覚を覚えてしまう見事な空堀です。
広く深い、その名の通り大堀切は、北条氏が誇る大城郭の目玉の一つでもあり
ます。
小田原城をご見学の折にはちょっと足を伸ばしてみて欲しい遺構の一つです。
この大堀切を見ずして小田原城を語る事勿れ(ちょっとおおげさですけども)。
この大堀切は通称、東堀と呼ばれています。
そのすぐ北に現在は道路になっている中堀があり、その先には西堀と3つ大き
な堀が存在します(但し、西堀は途中で埋めたてられています)。
また、この大堀切から先端部分までが戦国北条氏の大城郭の醍醐味を味わえる
場所です。
小峰御鐘の台と呼ばれるこの場所は、大城郭の最も北側にある先端部分。
当然、小田原城を完全包囲した豊臣軍との最前線にあたり、目の前には細川忠
興公が布陣した富士山陣場があります。
その距離わずか1キロ。
ですので、豊臣軍は目と鼻の先。
その臨場感はその場に来ないと体験できません。
戦国時代に戻った気分になる場所です。
すごい場所があるものです。
さらにこの場所には秘密の空堀が楽しめます。
まさに秘境。
戦国当時の空堀が当時のままの姿で残されているのです!
今回一番興奮した場所といっても過言ではありません。
すばらしいの一言です。
上から見下ろすとかなりの高さ。
堀底に下りてみるとまた違った視点になります。
やっぱり空堀は降りてみないと。
それにしてもこのような見事な空堀が普段、誰の目にも止まらないなんて・・・
も、もったいない。
ぜひともここも整備して小田原大城郭めぐりウォークラリーのコースにして
いただきたいものでございりまする〜
よだれものの空堀を堪能した後、大城郭の残り半分、東側を攻略します。
ミカン畑を歩くこのコースは途中に土塁の跡や山の神台のところで
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という部分もあったり、
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という部分もあったり、いろいろな形の大城郭が楽しめます。
そのポイントポイントをLilyさんがさりげなくご案内くださり、本当にLilyさ
んのご案内がなかったらこんなにもスムーズに楽しむことができなかった気が
します。
それにしても当時の堀や土塁は現在は見る影もないのかなぁと思っていたら、
微妙にところどころ残っているのには驚きます。
今回、Lilyさんのご好意によって、当時の堀や土塁の書かれた縄張り図と現在
の地形図が一緒に書かれた地図をいただき、それを丹念にみながらの大城郭め
ぐりでしたが、それを見ると、意外と当時の空堀や土塁が残っているのがよく
分かります。
でも、この地図がないと何がなんだかわからないかも。
井細田口は現在信号の交差点ですが、ここは甲州街道が通っています。
ここまできたらもうゴールは近いです。
最後の見所、蓮上院土塁があります。
国の指定史跡に指定されているこの土塁。
当然、当時の土塁なのですが、ただの土塁ではないのです。
土塁は図に書くとこんな感じ。

こんな感じで土を盛り上げて作るものです。
ここの土塁も2mくらいの高さがあります。
しかし、ここの土塁は第二次世界大戦の空爆の被害を受けてしまったのです。
どんな影響を受けたかというと・・・

中央にこうぽっかり穴があいているのです!
そう、空襲の際に土塁に爆弾が落ちて、こんなにでっかい穴をあけてしまった
のです。
それにしても空爆された土塁って・・・
そのまま山王口にむかい、時間にして6時間(途中お昼休憩あり)、距離にして
16キロあまり。
大満足の大城郭めぐりでした。
ところどころに当時の遺構があり、楽しみながらの散策だったので、意外と疲
れず楽しめました(^^)
また、こうして一周歩くことで、この大城郭の大きさや距離感がよく分かりま
した。
・・・それにしても本当にでっかい城下町です。
さすが、関八州の支配者、後北条氏。
その名に恥じぬ大城郭でした。
ぜひ、このすばらしい大城郭めぐりがブームになり、小田原市民の憩いの場に
なることを期待しつつ報告を終えたいと思います。
ご案内してくださったLilyさん、本当にありがとうございました!
また、ご参加くださった皆さん、本当にお疲れ様でした〜
それでは〜