皆さん、こんにちは。
霧隠です。

岡城石垣探検つあ〜、その心境は・・・

地図もなき どこにいるかもわからずに
      まいごのままに 苔むす石垣

という感じでした。
でも、こんなにもたくさんの石が使われていたなんて、
知りませんでした!

そう、最初のうちは石垣ひとつひとつに感動していたのですが、
あまりにも石垣が続くので、最後の方は、まだあるの〜という
感じでした。
石垣ですっかりおなか一杯になりました。

お昼を食べてないので、おなかはすくけど、石垣があっちのも、
こっちもあるので、ついつい全部見ようとくまなく歩いていたら、
あっちフラフラ〜、こっちフラフラ〜と、なかなか前に進みません。
でも、段々ふもとに近づくにつれ、道も細くなってきて、その道の
両端にしっかりと石垣があります。

最後のほうには、石段もあり、往時はなかなかの大手道だという
ことが分かります。

さっきの枡形門から早1時間。
ようやっとふもとに着きました。
ここは九州電力のダムがありまする。
ダムからこの登り口までは500mくらいの距離。
当然、登り口の看板はありませぬ。
九州電力のところには、←岡城登城口とあるのですが、「今は通行
できません」とありました。

しかたないので、来た道を戻ることに。
でも、ふつーの人にはここを登り口だと認識することはでき
ないでしょう。
・・・ただの竹やぶにしか見えませんから(−−)

さて、石垣は降りながらみるのもええですが、こうして登りながら
見上げるのもええです。

気分は岡城のお侍の気分。
登ってすぐに石垣に両端を囲まれて登ります。
すぐ隣の曲輪にもしっかり石垣が。
まっすぐすすむと立ち入り禁止の看板が。
民家の畑が途中にあるようなので、これも迂回することに。
そうすると30分ほどでさっきの枡形門へ。

不思議なことに、下草があんまり生えてなくなかなか登りやすいです。
また、降りてきた道はどうやらまた違う道だったようです。
(さっきはくねくね降りてきたけど、今度は比較的まっすぐ登っているので)
つまり、広範囲に石垣があることが分かりました。
整備したり、ちゃんと発掘調査をしたらなかなかの遺構が発見
されそうですね。

それにしても、正規の大手道は駐車場を出てすぐでなんだかものたり
ませんが、この旧大手道は昔ながらの風情があり、しっかり1時間
もかかります。
しかも! 途中には枡形門あり、さらに石垣がずぅ〜っとあり続けます!
ほんま驚きです。

さて、桝形門からは、また竹やぶを踏みしめここから30分ほど
で下原門跡までたどりつきました。

まだ時間は3時半だったので、せっかくなので、本丸下の家老屋敷跡
にも行こうと思ったのですが・・・・

また、猛吹雪きに・・・(TOT)
さすがに雪には勝てず、しかたなくお昼を食べることに。
でも、さらに雪が強くなってきたので、別の道を通って駅に戻ろうと
いう野望は実現できずに、最初に来た車道を通って駅に向かいました。
でも、このまま帰るのももったいないので、豊後竹田名物の「だんごじる」
を食べていきました。

駅の商店街にある「小恋人」という小料理屋さんです。
だんごじるとは、その名の通り、だんごの入った具だくさんのお味噌汁です。
おりしの吹雪きで体が冷えていた某にとっては体がほんにあったまりました。
一杯500円です。
豊後竹田にお越しの際にはぜひ食してみてくださいませ。

朝の10時から夕方4時まで吹雪きにちょびっとびびりながらも十二分に
楽しめた岡城でした。
でも、結局すべての登り口を攻略してなく、しかも、まだまだたくさんの
家老屋敷跡や足軽屋敷跡も行ってなので、また行きたいと思います。

さて、帰りの電車ですが、あまりに吹雪きで電車が止まってビビリましたが、
無事熊本に戻って来れました。
が、某にとっては、九州は寒い〜という印象が残った一日でした。
・・・どうやら、何年ブリの大雪でたまたまということを後で知りました。

次回は、九州攻め第五日目。
しまばら半島編をご報告いたします。
それでは〜

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