霧隠@月曜から残業でつらいっす! です。
N殿、H殿、レスかたじけのうござりまする。
こうして、お返事がいただけると報告者も書く意欲が高まりまする。
さて、4時にテクテクと岡城へ向かうと、割合広い駐車場を発見。
そこから前を見ると・・・おお! 立派な石垣だぁ!
絶壁に石垣が燦燦と輝いておりました。さすがの某もこれは正面からよじ登る
のは不可能と判断し、大手門と搦め手門のどちらかを攻めるか思案しました。
王道をいくか、それとも・・・
なんて考えもせずに搦め手門から攻めました(忍者ですので)。
なだらかな登り道を紅葉を見ながら、テクテクと。
広くて登りやすいです。まだ、残念なことに紅葉は3分くらいですが、
なかには真っ赤なものもあり、ハイキング気分です。
山の木々から水滴がポチャン、ポチャンと落ち、きれいな池もあり、
回りは原生林よろしく、木々に囲まれ、まったりした気分。
しかも、こっそり石垣がそこかしこに積み上げられ、気分は高まります。
15分ほどで、搦め手門に到着!
眼下に見下ろす景色といったら!!
これが全部紅葉だったら、すっごいきれいなこと請負です。
こりゃぁ、また来る楽しみができたなっと♪ とひとり悦に入ってました。
しかし、この石垣のすごさ!
こんな絶壁に必要あるの? というような石垣達・・・
ここをおすすめいただいたH殿、DMで紹介してくれたT殿に
感謝しながら、門のそばにある、お城の縄張り図を拝見。
ふむふむ・・・で、でかい!
こ・これは!
なんてこったい!
H殿、T殿、全国10万人の岡城FANの方々・・・
ごめんなさいm(_)m
岡城、すごいっす!
びっくり(@@)
なんだこりゃ!
誰かつっこんで〜
という広大さ。
石垣の多さ。
城の堅固さ。
目からうろこどころか、脱皮するくらい驚きました。
もう広いのなんの、思わず駆け出したくなるくらい。
なのに、ここは西の丸。
こんな絶壁なのに、石垣あるし。
礎石もしっかり残っており、当時の面影を忍ばせます。
そのまま、たっぷりすみからすみまで探索して、崖を見下ろし、30分。
すごーく楽しいです♪
そのまま本丸へ突入!
すでに5時。タイムリミット(日没)が徐々に近づいているのを恐れながら、
櫓跡に登ったり、崖を見下ろしたり十分楽しみながら、三の丸、二の丸へと。
二の丸では、霞がかった街の風景と紅葉を楽しみながら、ベンチに腰をおろして
いたら、
「ゴーン」
「ゴーン」
と鐘の音。
遠くからは「ホーホケキョ」とうぐいすの鳴き声。
うーむ、ここで、一句・・・
一句・・・
でませんでした(TT)
日も暮れてきたので、急いで本丸へ!
ここには、岡城のことが詳しく書かれていました。
岡城・・・それは、地元の緒方三郎惟栄がかの源義経公が頼朝公と仲たがい
をした際に、義経公を招こうとしたお城(でも、緒方殿は途中つかまり、その
計画は挫折・・・この堅城に軍事の天才義経公が篭ったなら・・・)でもあり、
南北朝の時代には南朝方のお城になるはずだった・・・
さらに、戦国時代には大友宗麟の武将、志賀親次が弱冠18歳の若さにて、
島津軍の大軍を退けたお城・・・
そして、天下太平になったときに、播磨の中川氏が入部し、かの敬愛すべき
加藤清正公に指示を仰ぎ、いまの本丸、二の丸、三の丸ができあがった次第です。
大手門は、現在のようになったのは、中川氏からで、以前は逆方向にありました。
さらに、余力があったら、下にある武者たまりも行きたかったのですが、
時はすでに、夜6時。
すっかり暗くなっておりました。
なんとか、本丸奥の御廟丸まではいき、以前の大手門まで行って、撤退・・・
こんなことなら、お寺なんてのんびり迷子傍ら見てるんじゃなかった(TT)
でも・・・夜道は忍者の本分とはいえ、根が軟弱者の某は、少々(?)ビビリ
ながらホテルへ向かいました。
さらに、この日の大分県は一日中・・・くもり・・・
これじゃぁ、もう一つの楽しみ、「荒城の月」も見れないのか・・・
と、無事ホテルについて、ゴロゴロして、
しゃぁないけど、夕飯でも食べようか、と
表にでると・・・
時は午後7時。
なんと!
なんと!
お月様が!
しかも、丸るいお月様!
してやったりとばかり、食事に行くのも忘れて、すぐさま、お城へ向かいました。
こうなりゃ、忍者の意地にかけて、荒城のお月様を見てやる!
と鼻息荒く、でも、夜のお城におびえながら、お城に到着。
誰か来てないかなぁ。地元のお月見祭りでもしてないかなぁと期待してましたが、
誰もおず。ポツーンと某一人、ライトアップされたお城を見上げてました。
がんばって、大手門まで行き、じゃぁ、本丸まで♪
なんて・・・勇気は臆病者にはござりません。
大手の階段を一歩も踏み出せず、また、くればぁいいさ♪
と、自分にいい訳をして、ホテルへ帰りました。
でも、丁度、お月様も満月。
目に焼き付けてまた、来る日を心に期して、岡城を後にしました。
補足です。
岡城は山城じゃぁ、ないのです。
山にあるのに、本丸、二の丸、三の丸は、完全な平城作り。
以前の大手門のあった、御廟丸の方が山城作り(ちゃんとした名前あり。
メモリー不足の某は失念しました・・・)。
一つの山城に、山城作りと平城作りの混在した、珍しいお城だそうです。
それだけ、平の部分が多く、確かに急勾配でなく、熊本城や姫路城のような
平城感覚です。
でも・・・絶壁にコーティングされている石垣に、ただもう唖然です。
こんなことしなくても、誰も侵入できないよぅ。という二の丸の石垣。
某の知っている伊賀のつわものでも、無理かなぁ・・・
島津軍が落とせないのも納得なお城です。
その天然の要塞が、清正公から築城のアドバイスを受けている・・・
こりゃぁ、10年後にはまた来て、OFF会を開かなくちゃ♪ です。
この日歩いた歩数は約二万歩。
ふぅ、疲れたけど、すっごく楽しい1日でした。
長々と本当に申し訳ありませぬ。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうござりまするm(_)m
これにこりずに、明日は熊本城潜入記に続きたいと思います。
次回予告
「熊本城〜ある伊賀者から見たお城の攻め方〜
そして、なぜ、熊本城は西郷軍が攻める前に燃え落ちたか(仮説)」
です。
たっぷり5時間に渡る攻城戦のレポートと、お城をどこから攻めるかの視点から
攻略してみました。
書けるかどうか、はなはだ不安ですが、あやふやな記憶がさらに、あやふやに
なる前に書きたいと思います。