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【中国英雄伝】第5号 2004年7月7日発行
「第5話 伍子胥伝5 〜楚国滅亡〜」
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呉王闔盧が即位して四年。
楚の国の一部を攻略。
即位して五年には隣国、越国を破った。
六年には、楚の将軍、ドウガが呉に攻め込んできた。
「子胥よ、今、呉の国が攻められようとしている。そなたの力を貸して欲しい」
「喜んでお役にたちたいと思います」
こうして、子胥は大いに楚軍を破り、勢いのままに楚の領土の一部を攻略した。
さらに三年たった即位九年、呉王闔盧は、子胥と孫武に相談した。
「先年、あなた方は、まだ楚の首都、郢(えい)を攻める時期ではないと申し
たな。今もまだであろうか?」
「楚の将軍、ドウガは非常に貪欲な男で、唐、蔡(さい)の両国はいずれも楚を
恨んでおります。王がどうしても楚を討とうとされるならば、まず、この両
国を味方に引き入れるべきです。そうであるならば、攻めても大丈夫でしょ
う」
「よかろう。では、子胥よ、すぐさま、唐、蔡の国に使者として赴いてくれ」
「かしこまりました」
こうして、唐、蔡の国を味方にした、呉軍は楚の国に攻め入った。
「兄上にお願いがございます!」
「何だ、夫概(ふがい)」
「私も従軍させてください!」
「いかん、お前にはこの国を守っていて欲しいのだ」
「兄上の宿願でもある楚の国平定にぜひ、連れて行ってください!!」
「その気持ちだけでもうれしいぞ。だが、留守を任せられるのはお前だけだ。
頼む、分かってくれ」
「…かしこまりました」
しかし、どうしても従軍したかった夫概は、兄に内緒で私兵五千を率い、楚の
将軍?瓦を討った。
「申し上げます! 弟君、夫概様、私兵五千を率い、楚の将軍?瓦を破ったと
のころでございます!」
「おぉ、そうか。でかした! すぐに追撃だ! 今こそ楚を滅ぼす好機ぞ!」
勝ちに乗じた呉軍は楚軍と五たび戦い、ついに楚の都、郢に迫った。
「最早これまで」
楚の昭王は出奔し、呉王は、郢に入城した。
出奔した昭王は途中、野盗に襲われながらも?(うん)国に逃げた。
「ようこそいらっしゃいました」
?公は小国とはいえ、自分の国を頼ってきた昭王を手厚くもてなした。
「兄上、なぜ、奴をかくまうのだ?」
「頼ってきたものをこばむのは礼に反する」
「しかし、奴の父親は、われわれの父を殺した奴だぞ! なぜ、かたきを助け
なければならないのだ!」
「もうすんだことではないか。いいか、昔のことは忘れろ」
しかし、弟懐(かい)の不穏な態度に、昭王の身の危険を感じた?公は、昭王
とともに、隣国隋(ずい)の国に出奔した。
「申し上げます! 楚の昭王ですが、?公とともに隋の国に逃れたとのことで
ございます」
「そうか、すぐに兵を派遣しろ」
「闔盧様、隋の民の間に“彼らの先祖は皆、楚によって皆殺しにあった”と伝
えれば、きっと昭王を殺しに違いありません」
「さすが子胥。すぐに隋の民にその旨、伝えるのだ」
「かしこまりました」
こうして、その話を伝え聞いた隋の民は怒り、昭王を殺そうとした。
「父上、私が身代わりになっている間にどうぞ、お逃げください!」
昭王の息子、キは父親の身代わりになって死んだ。
その間に、昭王は逃げのびた。
隋は、キのなきがらを昭王のものと思い、呉に引き渡すかどうか占ったところ、
不吉とでたので、呉の要求を謝絶し、渡さなかった。
参考文献:「史記」筑摩世界文学大系7 小竹文夫 小竹武夫訳
=============【中国英雄伝】==============
皆さん、こんにちは。
キリです。
今回から史記の世界を少しずつご紹介していきます。
まずは、中国の歴史から。
五帝から夏王朝 → 殷王朝 → 周王朝 → 戦国時代 → 秦 → 漢
というようになります。
現在書いている子胥の活躍している時代が戦国時代で、周王朝の力が衰え、7
国が有力国になっています。
秦、斉、楚、韓、趙、魏、燕の7カ国をいいますが、燕の代わりに呉の国を差
す場合もあります。
それぞれ由来がありますが、呉の始祖王は周王朝の子孫です。