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 【中国英雄伝】第6号 2004年7月14日発行
 「第6話 伍子胥伝6 〜申包胥〜」
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 子胥がまだ楚の国にいたころ、申包胥(しんほうしょ)と仲が良かった。
 しかし、子胥が楚を出奔する蔡に、包胥と出会いこう言った。

 「私はいつか必ず楚を転覆させてみせる」

 それに対して、包胥はこう答えた。

 「そのときは、私は必ず楚の国を存続させてみせる」

 今、呉軍が楚の都、郢に入城すると、子胥は昭王を探した。

 「昭王は、どこだ! 伍子胥、父と兄のあだを報いに来た!」

 しかし、昭王がどこにいるか分からなかった。

 「くそっ! どこに行ったのだ! …こうなったら」

 昭王を見つけることができなかった子胥は、楚の歴代の王が埋葬されている墓
 地に向かった。

 「子胥様、何をなさるつもりですか?」

 「よし、これだ。この墓をあばくぞ!」

 「えっ、これは楚の平王の墓ではありませんか?」

 「そうだ、息子の昭王が見つからないから、もともとのかたき、平王の屍(し
  かばね)を辱めてやるのだ!」

 「何もそこまでされなくても…」

 「うるさい。こうでもしなければ、わしの恨みが晴れぬのだ。早く平王の屍を
  引き出すのだ!」

 「…」

 バシッ

 ピシッ

 バシッ

 墓場で鳴り響く鞭の音。
 
 こうして、平王の墓をあばき、その屍に鞭を打つこと300回にして、ようやく
 子胥の手が止まった。

 包胥は山中に逃げ込み、人づてに子胥のこの異常な行動を聞き、手紙を書いた。

 「子胥様、申包胥という者から文が届いておりますが」

 「よし、ここで読め」

 「よろしいのですか?」

 「ああ、早くしろ」

 「それでは…、“きみの復讐の仕方は何とひどいことか。『人は多数を頼むとき、
  一時は天道に勝つが、天道が定まれば、また、人を破る』という言葉を知ら
  ないのか”」

 手紙の内容が子胥を激しく非難する内容だったので、読み手の声が小さくなる。

 「いいから、しっかり読め」

 「はっ、“きみは、もと平王の臣で、親しく北面して仕えた身なのに、いまや、
  その屍を辱めるにいたった。これでは、どうして、天道が定まってまた人を
  破るときが来ないものだろうか?” …以上でございます」

 手紙の内容を静かに聞いていた子胥だったが、おもむろに話はじめた。
 
 「我がために、申包胥にこう伝言してほしい。『わが志を遂げるのに、日は暮れ
  て道は遠かった。だから、うろたえ急ぎ、道理にしたがって行ういとまがな
  かったのである』と」

 申包胥は、秦に走り、楚の危急を告げて救援を請おうとした。

 「今、楚は呉に攻められ存亡の危機に立たされています。哀公様、兵をお出し
  になり、我が楚をお救いくださいませ!」

 「楚が滅びようとしているのは、身から出たさびである。なぜ、我が秦の兵を
  危険な目に合わせなければならないのか」

 「お願いいたします。お願いいたします!」

 「ええい、うるさい。下がれ!」

 秦王は申包胥の声に耳を貸さなかった。

 申包胥は、秦宮の広場に立って昼夜号泣した。

 一日中。

 さらに、2日、3日と号泣し続けた。

 「あの男が号泣してからもう何日になる?」

 「今日で七日目でございます」
 
 「ふぅ、楚は無道であるが、なおこうした忠臣がおる。楚を滅ぼすべきではな
  いだろう」

 こうして、秦王は申包胥の願いを入れ、戦車五百乗をつかわし、楚を援けて呉
 軍を討ち、稷(しょく)の地で呉軍を破った。

 秦軍に破れ、敗走中の呉王闔盧は、驚くべき知らせを受け取った。

 「夫概が自立して王になっただと!」

 「はっ、弟君、夫概様は、闔盧が昭王を探されている間に、国に逃げ帰り、自
  立して王になられました」

 「こうしてはおられない。全軍、すぐに呉の国に戻るぞ!」

 楚の国を捨て、呉の国に戻った闔盧は、すぐさま夫概を破り、敗れた夫概は楚
 の国に出奔した。

 「呉で、内乱が勃発したとな」

 「はい、呉王闔盧の弟が自立して王になり、戻った闔盧と戦い、弟は楚の国に
  逃げてきたとのことでございます」

 (国に戻るなら今だな)

 昭王は、郢に戻ると、夫概に領地を与え、呉と戦い、呉を破ることができた。

 その二年後、呉王は、太子夫差に命じ、楚の国の村を征服した。
 
 「また、呉軍が退去して攻めてきたら、この郢では守りきれない」

 こういって、楚の昭王は、都を郢から?(じゃく)に移した。

 参考文献:「史記」筑摩世界文学大系7 小竹文夫 小竹武夫訳

 【今回のエピソード】

 ★死者に鞭打つ ← 父の恨みを晴らそうとした呉子胥が墓をあばいて鞭打っ
           たことからできました

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