皆さん、こんにちは。
霧隠です。

高屋城。
訪れるまでその歴史的背景など全く知りませんでしたが、
岡山県は井原市にある高屋城は、藤井氏の出城と言われています。

毛利氏が大内氏を滅ぼし、尼子を滅ぼし、北九州の大友氏の領土まで
勢力を伸ばしているときに、その巨大な中国の雄、毛利氏に叛旗を
翻したそうです。

この高屋城、見所は五段構えの空堀です!
図に書くとこんな感じです。

ちなみに高屋城までの道はこんな感じのヤブ道です。
http://kirisai.hp.infoseek.co.jp/takaya1.html

さて、この空堀を写真で撮影してみました。
高屋城の空堀

高さは2〜3mほど、広さもそのくらい。
しかし、よーく横をみると、むき出しの岩盤が!
そう、この尾根の中に隠れている岩盤を割って、この空堀を作って
いるのです!
その技術やすごいものがあります。

このような空堀が五つも連続で続いている姿は圧巻です。
尾根を空堀で完全に切って、敵兵が攻めてくるのを防御します。

防御性を大事にしながらも、空堀に土橋があり、兵の移動も考慮された
つくりになっています。

この尾根がいかに重要か、このお城をみると分かります。

さらに、写真にはとれませんでしたが、この高屋城にももう一つ
見所がっ!
それは、連続竪堀です!
その数10本ほど。

見事としかいいようがありません。
しかも、保存状態がものすごくいいのです。
岡山や広島にはこのような連続竪堀がよくあるのでしょうか。
広島には鏡山城にこのような連続竪堀がありますね。

十二分に高屋城を堪能した後は、この藤井氏がこもった高屋城
に対する、その寄せ城(高屋城を攻めるための陣城)も訪れました。

この寄せ城は、今回も案内してくださったOさんが偶然迷い込んだ
場所だそうで、城というより、陣地のような感じです。
土塁で周囲を囲ってありますが、これが塹壕の役割をしたのか、
それともただの水はけをよくするためのものか、いろいろ意見が
分かれました。

あいにく土塁の画像はテブレがひどくてアップできませんでしたが、
その代わり石塁の写真は撮れました。
高屋城の寄せ城にある石塁

それにしても今回のオフは、参加者のレベルが非常に高く、話を
聞くだけでも大いに刺激になりました。

その後、福原さんのおすすめのまま、大内山城跡にまいりました。
この日は備陽史の会の測量の最終日。
訪ねてみると、本丸が伐採されて、多くの人達が作業をしていました。
我々が訪ねると測量した縄張り図を見せてくださり、さらに、この
お城の詳細な説明をしてくださいました。

虎口もはっきりわかり、竪堀も迫力があります。
さらに、山陽道(?)を抑えるお城というその位置関係が非常によく
わかり、本丸の伐採がいかにお城を楽しむためには必要なのか、改めて
実感するとともに、このように地元の方のたゆまぬお城保存の努力には
感謝の言葉もございません。

それにしても高屋城。
無名に近いお城にもかかわらず、その遺構のすばらしさには驚きました。
日本の各地にはまだまだこのようなあまり人には知られていないすばらしい
お城がひっそりと存在するのだなぁと思いました。

次回は、ぜひとも備後でオフなどやりたいですね。

それにしても、備前、備中、備後。
すっかりとりこになりそうです。

Mさん、すばらしきお方をご紹介してくださりありがとです〜
ちょっと1時間以上歩いたりしますが、次回はぜひともご一緒いたしましょう〜

それでは〜

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