皆さん、こんにちは。
 霧隠です。

 和歌山城の続きです。
 いよいよ天守閣にたどりつきました。
 でも、まっすぐ行くのではつまりません。

 まずは、天守閣すぐ下の道を発見。
 さっそく天守閣の下を歩きます。

 ぐるりと裏側に向かったところ、天守閣の裏側に何やら裏口みたいな門がつい
 ています。

 ん? これは秘密の抜け穴か!?

 どうやらその裏口からまっすぐ下に下りれる道がついています。
 とりあえず、おもしろそうなので天守閣を後回しにして、この道がどこに続い
 ているか行ってみることに。

 人一人歩けるくらいの細い道を歩くこと5分。
 眼下にすごい石垣が!
 石垣を見下ろしながらのすばらしき小道!

 いい、すごくいいです。

 そのまま進むと眼下に曲輪が見えます。
 どうやら砂の丸のようです。
 まっすぐ行った後、道は左に曲がりますが、なんとなくそのすぐ下に伸びてい
 る石垣をじっくり見ると・・・

 ありました!
 刻印がっ!

 刻印のマークは・・・
 

 こんな「又」の字のような刻印があります。
 よ〜く見ると点で描かれています。

 拡大して書くと、こんな感じ。

 暇ねぇ・・・、なんて言わないでぇ〜

 刻印を間近に見れるこの石垣。
 ええと、この小道を左に行くと「新表坂」にぶつかります。
 逆に言うと、この新表坂の曲がり道を曲がらずに小道に進んで「52歩」。
 その左側の下に伸びている石垣に上記の刻印があります。

 さらにちょっと左側に下りるともう一つ同じ刻印があります。

 なんか小さな発見みたいで楽しかったです。
 和歌山城にはこのような刻印がいたるところにあるのでしょう。
 こうした刻印探しもまたおもしろいです。

 さて、いよいよ天守閣です。
 三層の天守閣もすごいですが、大天守閣、小天守閣、御台所、乾櫓、ニの御門
 櫓、楠櫓を多聞で連結して、楠門を閉じると要塞化するこの連立式天守閣。

 伊予松山城、姫路城とともに日本三大平山城の一つでもあります。

 しかし、1846年に落雷で焼失。
 その後、1850年に再建。
 しかし、1945年の空襲で再度焼失。
 そして、1958年に鉄筋で再建。

 となっています。

 う〜ん、ここも戦災で焼失してしまったのかぁ・・・

 天守閣の中にはいろいろ興味深い展示物が満点です。
 特に目をひかれたのが、和歌山城の全体像を描いた絵です。
 これがなんとも美しい。

 和歌山城の全体像・・・想像するだけでもすばらしいのですが、それがまたな
 んとも美しい姿に描かれています。

 さらに、和歌山市にあるお城の一覧表もありました。
 地図に記されたその数は、「176」箇所!
 もっと詳しい登り口もあれば最高ですね(^^)

 天守閣の最上階は当然、絶好のビューポイント。
 和歌山市を一望とできます。
 さすが、紀州和歌山55万5千石。
 すばらしいながめです。

 上空を見ると、トンビも

 ピュー ヒュルルル〜

 と優雅に舞っています。
 海が近い証拠ですね。
 このトンビの声を聞くと、なんだかお城にいる気分がさらに増します。
 (大河ドラマの影響でしょうけども)

 再建された連立式天守閣。
 ・・・でも、やっぱり鉄筋は・・・。

 あぁ、戦災がなければ、伊予松山城のような歩くたびにギッシ、ギッシと響く
 木の感触を楽しむことができないのが、残念です。

 天守閣を楽しんだ後は、表坂を降りました。
 ここは横に長〜い石垣を楽しむことが出来ます。
 その長さ100m以上!(多分)
 圧巻です。
 ここの石垣は野面積みになっています。

 これで一応すべての場所をまわったことに・・・でも、本当は本丸にも行き
 たかったのですが、そこは貯水場になって入れません(−−)

 表門を降りたので、今度は登ることに。
 そして、裏坂を降りてみることに。
 これで、表・裏坂を上り下りしたことになりますが、個人的にはやっぱり裏坂
 を登るのが一番いい雰囲気でした。

 時間にして3時間半。
 水堀の美しさ。
 石垣のすばらしさ。
 天守閣の見事さ。

 どれをとっても飽きさせないすばらしい名城でした。

 やっぱり近世城郭はええですね〜

 それでは〜

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