解説/文=ざざむしさん(ざざむしのホームページ)
パキスタンと中国を結ぶカラコルム・ハイウェイ(KKH)の開通は1978年と新しいが、
もともとこの区間は古来よりパミール高原とインドを結ぶ重要なルートだった。紀元399年に長安を出立した法顕(『仏国記』の著者)も、この道を通っている。パキスタン側のKKHは、主にインダス川とその支流のフンザ川に沿って走っている。現在の沿道の住民はほとんどがイスラム教徒だが、この地に仏教が隆盛をほこった時代を中心に描かれた岩石の線刻画が点在している。
1)
チラースの線刻画
ガンダーラ方面とタキシラ方面の分岐点となるチラースの周辺には、線刻画がとくに多く見られる。
a)
チラースの下流側約12km……岩壁には主に文字が刻まれている。
b)
チラースの下流側約7km……仏像などの線刻画が彫られている。
c)
チラースの検問所から約750m、インダス川の川岸……大きな岩一面に仏像・ストゥーパ・文字などの線刻画が残る。
d)
KKHよりチラースの村へ分岐する道に入り、約300m……ひとかかえほどの小さな岩に、村入口の印(5世紀ごろ)。
e)
チラースの上流側約4km、つり橋付近……つり橋の手前と対岸側に、仏像・仏教説話・動物・戦闘場面などが刻まれた岩が、数十カ所に点在。
2)
サーティアールの線刻画
チラースよりガンダーラ方面(下流側)に53km行くと、サーティアールの町がある。この町のバザールから上流に約500m、対岸を通る道の分岐に入って100mほどのところにある小さな岩に、仏教時代の線刻画がある。
3)
フンザの線刻画
フンザの中心の村カーリマバードは山の斜面にあり、KKHはこの下のガニシュの集落を通っている。ガニシュから上流に向かい、ナガルへの分岐点の手前にある巨岩に、大角鹿などの動物・狩猟場面・ストゥーパなどが、びっしりと描かれている。
4)
カールガーの摩崖仏
ギルギットの中心部より西へ9km、カールガー谷の岩崖に高さ約5mの仏陀のレリーフが彫られている。シンプルで大らかなつくりの立像で、レリーフの上と左右には等間隔に穴が穿(うが)たれており、かつては装飾された庇(ひさし)があったことがうかがえる。7世紀ごろにつくられたらしい。
なお、ギルギットはKKHの沿道ではないが、パキスタン領カシミール地区で最大の町であり、登山・観光の拠点ともなっている。
インダス川近辺は灰色っぽい岩石が多いが、線刻画のある岩は黒っぽい色で、刻まれた絵は白く浮き上がって見える。これら線刻画は非常に長い年代にわたって刻まれ続けている。大角鹿や狩猟風景の絵は先史時代のものと考えられ、最も新しいものになると、バッグパッカーが刻んだと思われるピースマークまであるが、やはり目を引かれるのは仏教時代のものである。
仏教時代と一言でいっても、偶像として仏陀を描くことを禁じていたころのストゥーパや、光輪の絵からグプタ朝(4〜6世紀)以降の仏像まで、また、精緻を凝らしたデザインのものから稚拙なものまで、とさまざまである。文字もカロシュティー文字・漢字・アラビア文字の落書き等々が見られ、これらの岩の前に立つと、岩が受け止め続けている旅人たちの想いと歴史の流れが身に迫ってくるように感じられる。
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