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解説/文=収斂さん アルメニア最高の建築家と彫刻家が手がけた作品
ノラヴァンク修道院(The
Monastery
of
Noravank)は、イランとの国境に程近いアルメニア南部ヴァヨツ・ゾル(Vayots-Dzor)地方にある。この修道院は
ヴァヨツ・ゾル渓谷を流れるアルパ川(Arpa
River)の支流によって削られた急峻な断崖の北側にへばりつくように建っており、アマグー(Amaghu)渓谷から東に3キロに位置している。
ノラヴァンク修道院の名前の由来は「新しい修道院」を意味し、ホヴァネス司教(Bishop
Hovhannes)によって1105年に開かれた。ホヴァネス司教はこの地方に初めて文字をもたらし、また各地の宗教説話を整理して、当時差別されていた女性や賎民への布教にも尽力し、彼らの埋葬を認め、埋葬法を確立したことで知られている。また、ホヴァネス司教が起したという奇跡も数多く語られていて、とくに崖から落ちそうになった母子を救った説話は有名である。
13〜14世紀にかけて、この一帯はオルベリアン一族(Orbelian
family)が支配した。オルベリアン一族は、一族の繁栄を祈念し、自分自身の墓もかねた多くの教会を、ノラヴァンク修道院付近に次々と建設していった。その結果ノラヴァンク修道院は、この地方のキリスト教の中心地として発展した。
ノラヴァンク修道院の境内にあるカラペト教会もまた、何度も破壊と修復を繰り返してきた。リパリト・オルベリアン(Liparit
Orbelian)による2代目のカラペト教会は上から見ると十字形をしており、1216から11年もかけて建設された。ドームや鐘楼を備えていたが、その後の地震で建物は壊れ、初代のカラペト教会の廃墟の北に、その遺構が残るだけとなった。 |