ハワール諸島 Hawar Islands
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解説/文=収斂さん+浦に〜と ハワール諸島はバーレーン島の南西24kmに位置し、16の島からなる多島海を形成している。面積は38平方キロ。島の周囲の浅い海底にはサンゴ礁があり、昔は真珠の採取地としても有名だった。現在の住民はおよそ5000人で、ほとんどが漁師である。
ハワール諸島は、美しい自然景観よりも、1935年からバーレーンとカタールが領土問題で対立したことで有名である。発端は1925年にバーレーンで油田が発見されたためだった。両国間の最初の武力衝突は37年8月に起こった。このときは、当時バーレーンを植民地支配していた英国が調停に入り、39年にバーレーンの首都マナマで開催された会議では、ハワール諸島はバーレーン領であることが確認された。しかしカタールは納得しなかった。 1975年6月にカタール政府は、39年の協定は無効であるという声明を一方的に発表し、現実的な打開策として、バーレーンからのハワール諸島の購入案にまで言及した。78年4月、カタールの沿岸警備隊が、バーレーンの漁船がハワール諸島近海に近づくことを妨害する事件が発生。バーレーン政府はすぐに海軍を派遣し、両国間の緊張は一気に高まった。さらに86年4月26日、カタール軍が
Fasht-el-Dibal島という小島に上陸し、
29人のバーレーン人を13日間も拘束するという事件も起きた。 2001年3月16日、ハーグの国際司法裁判所は、湾岸協同評議会の監督・立会いのもと、ハワール諸島と Qitat Jaradah浅海はバーレーン領であると認定し、一方、ズバラ地方と Fasht-el-Dibal島周辺の浅海はカタール領であるという決定を下し、ようやくこの領土紛争は決着した。
ハワール諸島は周辺海域を合わせた約581平方キロが保護地区に指定されている。バーレーンのTubli
Bayとともに、1997年にはアラビア半島で最初のラムサール条約登録湿地となった。ちなみに2008年現在も、アラビア半島のラムサール湿地はこの2カ所のみである。
ハワール諸島周辺では、水深5m以上のところはほとんど見られない。また、小島や岬が連なる地形の影響から、周辺海域は塩分濃度や透明度、潮流も一定ではない。そのような変化に富んだ潮間帯や海岸地帯による生態学的・生物学的過程が、ハワール諸島の顕著な特徴である。
亜潮間帯にはウミジグサやウミヒルモなど、ジュゴンの食草にもなる植物が生い茂る。そして海底に散在する巨石には、ハオリムシやカイメンのような固着動物が。干潟では、ゴカイ類や二枚貝といった数多くの無脊椎動物が見られる。これらの小動物が、数千羽にのぼる鳥類にとって欠かせない食料源になっているのである。
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