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![]() ▲イシク・クル出土のテュルク族の石像(愛知万博) 写真提供=ごんべーさん |
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解説/文=収斂さん 1.地形の特徴
イシク・クル湖(Lake
Issyk-Kul,
ロシア語ではOzero
Issyk-Kylと書く)は、キルギスタンの北天山山脈(the
northern
Tien
Shan
mountains)にある巨大な湖で、湖の外に流れ出る河川をもたない。湖は長さ182キロ、幅61.2キロ、面積は6,332平方キロもある。湖は標高1,608メートルの高地にあり、最深度は702メートル、体積は1,738立方キロとされる。高地にあるにもかかわらず冬でも凍結しないため、地元では昔から「温かい湖」と呼んでいた。それが湖の名前の由来にもなっている。
イシク・クル湖の水は透明度が約20メートルもあるが、塩分を含んでいるため飲料や灌漑には適さず、わずかに家畜の飲料水として利用されている。湖の西側の斜面は岩だらけで草木がまばらに生えているだけで、塩分を多く含んだ不毛の土地である。一方、東側にはステップ性気候のため草原が広がっており、ニレ科(elm)の樹木も点在している。湖に隣接する山岳地帯の上層部にいくと、高山性植物の草原(subalpine
and
alpine
meadows)も見られる。また、テルスケイ・アラタウ(Terskey
Alatau)山地の北側斜面には、モミ科(fir)の森が広がっている。
中央アジア一帯、特にイリ川(the Ili river)周辺には古代の岩石彫刻(petroglyphs)が多く見つかっているが、イシク・クル湖周辺でも多数見つかっている。主なものとして、チョルポン・アタ(Cholpon Ata)にある岩石彫刻が有名である。
1970年代初頭まで、イシク・クル湖周辺にはおよそ30万人もの人々が住んでいた。そのほとんどがキルギス人とロシア人で占められ、ウクライナ人、タタール人(モンゴル系)、ウズベク人も少なからず含まれていた。イシク・クル湖周辺にある大きな町はカラコル(Karakol)とバルクチュ(Balukchu)の2つだけだが、そのほか数百の小さな村が点在する。湖には物資運搬として重要な定期航路もある。 |