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ブルガールの歴史的・建築的遺産群 (2000年, 01年の推薦名)
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![]() ▲カーンの墓と小さいミナレット 写真提供=漣さん |
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解説/文=収斂さん ブルガールの建築学的・考古学的複合史跡(Bolgar Architectural and Archaeological Complex)は、10世紀から15世紀にかけて栄えたイスラム教国家ヴォルガ・ブルガール(Volga Bolgari)の政治、経済、文化の中心地であり、少なくとも13世紀から14世紀にかけては、その首都だった。しかし現存する建物はほとんどが廃墟同然であり、それ以外は14世紀から15世紀にかけて街を取り囲むように建設された、長さは5.63キロの城壁と堀の遺構が少し残っているにすぎない。
ブルガールの歴史については、まだあまり詳しくわかっていない。とくに建国初期のことについては不明なことが多い。ブルガールは14世紀後半から15世紀初頭にかけて、ボルガ川の海賊でもあったロシア系の遊牧民国家「黄金のオルド」(金帳汗国)(Golden
Horde)のハーンにより、度重なる攻撃を受けた。このため街のほとんどが破壊され、モスクワ大公国のバジリー2世が派遣した騎兵の大軍(指揮官はFyodor
Pestroy皇子)によって滅亡した。現在も残る長大な城壁跡は、その激動の時代に建設されたものだ。
ブルガールには現存する建物があまり残っていないが、13世紀から14世紀にかけて建設された石やレンガの建物遺構や石碑が、現在までに100以上発見されている。主なものは、北の霊廟群(the
Northern
Mausoleums)、東の霊廟群(Eastern
Mausoleums)、黒の宮殿(the
Black
Palace)、赤の宮殿(the
Red
Palace)、白の宮殿(the
White
Palace)、ギリシャ宮殿(the
Greek
Palace)、大モスク(the
Great
Mosque)、小さいミナレット(the
Smaller
Minaret)、カーンの墓(the
Khan's
Tomb)、カーンの風呂跡(the
Khan's
Bath)などである。こういった遺構は、13〜14世紀前半に絶頂期を迎えたブルガールの栄華をいまに伝えている。 |