解説/文=収斂さん
カラダーはクリミア南岸に連なる山脈の東にある。カラダーとはトルコ語で「黒い山」という意味で、もともとはこの山脈の最高峰の聖山(標高はたかだか500メートル足らず)を指すのに使われていたが、しだいにこの山麓一帯の地名として使われるようになった。この一帯は美しい森や山脈、トルコ石とも形容される紺碧の海、入り組んだ海岸線などが有名で、昔から景勝地として広く知られており、多くの詩人や画家がこの地を訪れ作品を遺している。
カラダーは景勝地ばかりでなく、地質学的にも、さらには希少動植物の聖域としても、きわめて貴重である。そのため近年、ウクライナ国立科学アカデミー(the
National
Academy
of
Sciences
of
Ukraine)による保護活動が精力的に進められている。この保護活動の発端は1914年に、モスクワ大学助教授ヴャーゼムスキー(Terentiy
Vyazemsky)によって行われた、カラダーの自然科学調査にまでさかのぼる。それから現在まで、カラダーの生物調査は継続して行われてきたが、1997年5月に自然保護区に指定され、ようやく本格的な保護が可能になった。なお、これはクリミア南岸ばかりでなく、黒海全体の自然保護の一環でもあるといわれている。
現在、カラダーには博物館や図書館が整備され、地質学、動植物生態系に関する研究成果や資料が展示されている。とくにカラダー研究センター(the
Karadag
Research
Centre)の図書館には、ヴャーゼムスキーらがまとめた研究報告書や、17世紀に発表されたカラダー研究のオリジナル論文や書籍、著名な画家達によって贈られたカラダーの名画なども保管されている。またカラダーではエコツアー企画が好評であり、参加者も多い。
<カラダーの地質学的特徴>
カラダーは火山地帯であるため、地質学的にきわめて独特であり、「鉱物の博物館」とまでいわれている。山脈の地層は150万年前までさかのぼり、さまざまな鉱物の標本が採取できる。例えば、クリミア一帯から産出された約130種の鉱石のうち、50種がカラダーから見つかっており、石英(quartz)、玉髄(chalcedony:潜晶質石英ともいい、広義ではキャッツアイ[cat's-eye]、オニックス[onyx]、カーネリアン[carnelian]を含む)、蛋白石(opal:オパール)、碧玉(jasper:ジャスパーともいい、不純物を含んだ石英の一種で、カラダー産のものは緑、青緑、青、灰色、茶色が一般的で、しま模様をもつものもある)などは、さまざまな種類のものも見つかっている。
なかでも玉髄は、欧州で産出するもののなかでは最も品質に優れており、また1960年代後半に発見されたジャスパーも、ウラル山脈産のものよりも優れているといわれ、カラダー産ジャスパーは別名ブロケード・ジャスパー(brocade
jasper:錦の碧玉という意味)と呼ばれ賞賛された。さらにカラダーは欧州で唯一、大規模なゼオライト(zeolite)鉱床が眠っている場所でもある。ほかに水晶(rock
crystal)、アメジスト(amethyst)、黄水晶(citrine)、紅玉(cornelian:カーネリアン)、メノウ(agate)なども有名である。こういった鉱石は昔から宝飾品として珍重され、鉱物資源の採掘・加工がカラダー一帯の主要な産業だった。
しかし残念ながら、カラダーの鉱物資源の多くは、ソビエト連邦時代の1960〜70年代にかけてほとんど掘りつくされてしまった。しかも当時の採掘技術は未熟で、採掘計画もずさんだったため、鉱山周辺の環境もひどく破壊されてしまった。高品質なジャスパーは、いまではもうほとんど見つからず、ときどき破片が鉱山近くの採石場跡地で見つかるくらいである。しかし現在のウクライナ政府はこの鉱山一帯の環境保護に努め、状況は好転しつつある。
<カラダーの動植物生態系の特徴>
カラダーの動植物の生態系は、地質学や景観と同じくらい貴重である。というのもカラダー一帯の地形は、山岳地域から森林、ステップ、海岸地域へと複雑に変化しており、また気候も、乾燥気候から地中海性気候まで変化に富んでいるからだ。
カラダー自然保護区内では、クリミア一帯の植物の半数が見られ、昆虫は1200種以上、両生類は15種、鳥類は190種、哺乳類は30種が確認されている。とくに蝶の仲間に、カラダー一帯でしか見られない固有種が多い。また、カラダー自然保護区は水生動物の種類も豊富で、保護区域内では1000種以上が確認されているが、そのうち120種以上が魚類である。この数は、クリミア南岸に生息する水生動物のほぼ半分がここに生息していることを意味する。
しかしカラダーの植物のうち45種、動物117種はウクライナの絶滅危惧種に指定されており、保護の対象になっている。
参考サイト
http://www.iprinet.kiev.ua/wumag/archiv/1_98/crym.htm
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