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解説/文=収斂さん
マッダレーナ諸島は、ローマ帝国時代にはIsola
Ilvaという名前で呼ばれていた。「ウサギの島」を意味する
Isole
Cunicularie
(Island
of
the
Rabbits)という名称も古くから使われていた。これは当時、島に野性のウサギが多かったからという説が有力である。またマッダレーナ諸島周辺の海底からは、ローマ帝国時代のワイン壷や装飾品が多数発見されている。どれも、一度に見つかるものとしては遺物の量がきわめて膨大であり、また保存状態もよいことで有名である。
17世紀の中ごろになると、コルシカ島(Corsica)の部族がマッダレーナ諸島一帯の部族を統率し、ようやく海賊勢力を一掃した。しかし彼らにとっての政治や経済の中心はコルシカ島だったので、マッダレーナ諸島には重要な会議や儀式のときしかやって来なかった。そのため、しだいに島の住民(主にサルジニア人)との関係が疎遠になっていった。そこでサルジニア人たち(the
Sardinians)は1767年に、島の安全を守るために小さな海軍を組織した。しかし当時の島の人口はたった400人足らずで、しかもコルシカやピサの出身者も多かったので、海軍といってもごく小さなものだった。しかし当時のイタリアは各地に小さな小国家が多く存在していたので、この海軍創設こそ、マッダレーナ諸島が一つの小国家として独立できた理由として語られている。そしてこのころから、マッダレーナ諸島周辺に大国の軍事勢力が頻繁に出没するようになる。
その直後の1803年には、今度はイングランドが寄港。フランス艦隊を、トゥーロン(Toulon,
現フランス領)の港から一掃するという目的で、ルソン提督(Lord
Nelson)麾下の艦隊を派遣してきた。なおネルソン提督は島民と親しく交流し、多くの話が伝わっている。彼は帰国に際し、島民の温かいもてなしへの感謝の気持ちとして、銀の燭台を数個と、キリストの磔刑像を贈った。これらは当時のマッダレーナ諸島の人にとってはとても高価な物品だったので、いまでも島の教会に大切に保管されている。
現在マッダレーナ諸島には、1972年にイタリア政府が米海軍の母港として認めた大規模な海軍基地があり、地中海の軍事的要衝にもなっている。しかし古い歴史と豊かな自然があるため、イタリアの高級リゾート地として人気が高い。 |