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Ⅲ.具体的展開例(授業実践)
ここでは,平成11年度,本校の第6学年3組で行った授業実践を紹介する。
本校では研究主題を『一人一人の思いやよさを生かした教育課程の創造』とし,新教育課程における「総合的な学習の時間」の創設に向けた,横断的・関連的学習の展開とそのあり方の研究を推し進めてきた。
実践例は,その一端を記したものである。
6年部では,4つの大きな単元テーマを設けたが,そのうちの一つが「組曲・地球の未来は,わたしたちの未来〜わたしたちにできること」である。
いわゆる環境問題を横断的に扱い,その学習の展開を試みてきた。
(構造図省略)
【授業実践例 その1〜国語科と関連させて】
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(単元名) |
○はじめに
国語科の教科書(光村図書6年上)にある説明文教材「ガラパゴスの自然と生物」「人類はほろびるか」の発展的・補充的・統合的学習として行うことにした。
折しも,日本国中が絶滅の危機に瀕しているトキの誕生(’99.5.21)に湧きに湧いている最中であった。この機を逃すのはあまりにもったいない。環境学習のテーマ「生き物が病んでいる!?」を学習するには絶好の機会であり,最適な教材に成り得ると考えた。
本時は国語の学習として扱ったが,本来は「総合的な学習の時間」の中で行われてもいい学習内容と思われる。
小単元名も「列島トキめく」とした。この単元名は,朝日新聞(’99.5.22)の凸版見出しから取ったものである。この学習は3時間構成で次の様に組んだ。
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①では,トキの誕生を喜ぶ新聞記事を資料として,絶滅に瀕しているトキの実態について知り,もっと調べてみたいという興味関心・意欲を持つことをねらいとする。
②では,個人やグループでトキについて調べ,その生態や絶滅の危機状況を様々な文献や資料,インターネット等で新たな情報を収集しまとめる。
③では,その情報や調べたことを話し合いながら,学習したことを元に個々の思いをトキのひなの名前に託してレポート化する活動である。
まとめたレポートは,ひなの名前を募集していた環境庁に送付することで,ひとまずトキに関する学習を終えた。
ここで紹介するのは,第1次の授業記録である。
○授業の流れ
黙って板書する。
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列指名であてていく。「・・・・?」「分かりません。」が続く。
そのうち「ときめく」を辞書で調べる子供が現れる。
「『胸がどきどきする』と書いていました。」という声が上がった。
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次の意見が出た。
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「すごい!よく気付いた!」と大げさに誉め次の様に問う。
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すると「あっ,トキだ!」という子供がいた。その子に尋ねてみる。
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発表させて板書する。
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「特別天然記念物」「国際保護鳥」についても辞書で調べさせる。
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書き終わったところを見計らって列指名で尋ねてみる。
1羽から1000羽まで様々な数が出されたが,「少ない」ということを直感的に感じているようで,10羽に満たないのではと考える子供が比較的多かった。
正解を告げる。
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ちょっとしたどよめきの中,テンポよく問う。
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100歳,3歳,6歳,8歳,6ケ月,12歳・・・・とこれもバラバラである。
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1歳,30歳,140歳,63歳,100歳,32歳,80歳・・とこれもバラバラである。確かな情報を持っていないのであるから,当然と言えば当然である。正解を告げる。
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このあたりで,子供たちの表情も真剣味を帯びてきた。ここで再度タイトルに目を向けさせた。
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小刻みなノート作業で授業の流れに淀みを作らぬようにテンポよく進める。
全員書いたのを確認して,人数分布を調べる。
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訳を数名に聞いてみる。
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ここで新聞の切り抜き集を提示して,ひな誕生の経緯について簡単に説明した。
子供からは,「それであんなにテレビでさわいでいたのか。」という声も聞こえてきた。
これだけ情報がリアルタイムで茶の間に届くようになった今日においても,知らない子は知らないのである。
様々な理由が考えられるであろうが,ここではそのことについては述べないことにする。
いずれにせよ,子供の社会情勢へ向ける目が意外にも養われていないということを如実に表していると言えよう。
時間が押し迫ってきたので,次のように呼びかけて次時の学習活動のめあてを確かめ合った。
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できればこの時間に与えられた新聞資料や学習内容から,子供たち自身に問題点や「?」,学習課題を考えさせ問題意識を個々にしっかり掴ませるべきであったと反省している。
教師主導の導き方で授業を終えたが,「列島トキめく」のトッパン見出しが子供の心に強いインパクトを与えたのであろう。
次時の調べ学習では,一人一人が意欲的にそして真剣にトキについて調べている様子が見られたのである。