「処女の泉」ラストシーン
処女の泉
 1960・スェーデン
処女の泉

監督:イングマール・ベルイマン
脚本:ウラ・イザクソン
撮影:スヴェン・ニクヴィスト
音楽:エリク・ノルドグレン

出演:マックス・フォン・シドー
    ビルギッタ・ヴァルベルイ
    グンネル・リンドブロム
    ビルギッタ・ペテルソン
    

マックス・フォン・シドー(左)とビルギッタ・ペテルソン

森の中を行く二人

ゲンネル・リンドブロム(右)

カリンは男達と出会う

テーレは復讐した我が手を見る

父母は殺された娘を抱き上げる

処女の泉
物語

16世紀のスェーデンの片田舎、ヴェンゲ村の豪農の一人娘カリン(ビルギッタ・ペテルソン)は父テーレ(マックス・フォンシドー)と母メレータ(ビルギッタ・ヴァルベルイ)に愛されて育った。

少し甘えん坊のカリンは敬虔なクリスチャンの父母のもと、それでも純真なクリスチャンとしての教えを受けている。
ある日、カリンは教会に蝋燭を届けることになった。教会は遠い。馬で森を抜けていかなくてはならない。
カリンは下女のインゲリ(グンネル・リンドブロム)を連れて行くことにした。インゲリは誰とも知らぬ男の子を身ごもっており、カリンの幸せな境遇に密かに嫉妬している女だった。
    
カリンは母親に甘えた。「黄色い絹のシャツと青いマントを出して、白い靴下もね。真珠の付いた靴も」 母はカリンに着せてやる。
カリンは両親に見送られ馬で出発した。インゲリも従った。
川のほとりから野原を越え、森に入る。

森の中の小屋にさしかかった時、インゲリが森を怖がり帰ろうと言い出した。小屋から男が出てきた。「森が怖いのかい?」 男が言った。
「私は平気よ、行くわ・・・帰るまで彼女を休ませてね」 カリンは男にそう言うと再び出発した。
男はインゲリと二人きりになるとニヤ付いて横に座った。
「人目で仲間だと分かった、その眼・・・」 インゲリは昔バイキングの信仰していたオーディンの神を信じていたのだが、この男もそうだった。今では異教とされているのだ。
インゲリは気味悪くなり逃げ出した。そしてカリンを追った。

カリンが馬で森の中を行くと、汚らしい三人の男とすれ違った。数頭の山羊を引き連れている。一人は楽器のようなものを鳴らしている。一人は口がきけない。もう一人はまだ小さな少年だった。「おかしな楽器ね」 「父の形見です。先祖から伝わるものでして」 三人は兄弟だという。
カリンは弁当を一緒に食べないかと誘ってみた。男達は「森に草地があります。気持ち良いですよ」 と乗ってきた。

パンにむさぼりつく三人を嗜めて、カリンはお祈りを始める。「天にまします父よ、今日の糧に感謝します。どうか悪の手より守りわが魂を救いたまえ」 男達も神妙に倣っていた。そのうちに彼らの様子が一変してきた。
「白い手だね」 カリンに寄ってくる。「白い首だね」 カリンは「パンを上げるわ、分けて」 とパンを差し出したが、そのパンには生きたヒキガエルが挟まっていたのだ。これはインゲリがカリンに対する嫌がらせで作ったものだった。
男達の目つきが鋭くなる。「教会へ蝋燭を届けなきゃ!」 カリンは立ち上がった。だがカリンは行く手を阻まれ倒された。
カリンは押さえつけられ犯された。年長の男が棒をカリンの頭に振り下ろす。カリンは動かなくなった。頭から血を流して・・・
彼らはカリンの衣服を剥がして逃げる。少年はしばらくそこにいたが激しく嘔吐した。
その一部始終を追いついたインゲリが震えながら遠めに見ていた。

「どこから来た?」 テーレは家を訪れた三人に聞いた。みすぼらしい姿をした男達だった。「北のベステルノルから・・・南のほうへ行こうと・・・」
テーレは三人を家の中に入れる。食事にも呼んだ。
「天にまします父よ、今日の糧に感謝します。どうか悪の手より守りわが魂を救いたまえ」 三人は昼間カリンを襲った男達である。
少年は食事が咽を通らず嘔吐した。昼間の出来事が忘れられないのであろう。

寝室で、「今夜は戻るまい」 とテーレは妻に言った。妻メレータは祈っている。一人娘のカリンが教会に行ったまま帰ってこないのだ。
「外泊は初めてじゃないだろう?」 「一人娘よ、あなたのようにはなれないわ」 その時かすかに叫び声が聞こえる。
メレータが隣室に行ってみる。三人を泊めた部屋だ。どうやら少年が殴られたらしい。少年は口から血を流していた。兄達は何気なさを装っている。
「絹のシャツです」 男がシャツを差し出した。「この間亡くなった妹が着ていたものでして・・・生活の為に手放すことにしました」 メレータはそのシャツをじっと見る。そのシャツは・・・!!
「・・・主人と相談してくるわ・・・素晴らしい着物だからお代をはずまないと・・・今夜はおやすみなさい」 メレータは部屋にカンヌキをかけると着物に顔をうずめて泣く。それはカリンの着物だったからだ。

メレータは夫にそのシャツを見せた。「これを売りたいと、カリンのよ」 シャツは血で汚れていた。テーレは立ち上がりインゲリの寝間に行った。怯えるインゲリに詰め寄った。「全てを話せ!」 インゲリは震えて話し始める。「殺してください、カリンのことが憎かった。だからオーディンに災いを祈った。あの三人は悪くないわ。オーディンに操られてあんなことをしただけ・・・カリンを押さえつけて辱めた・・・」 「見たのか!」 「犯されればいいと思ったわ、願ってた、あいつらが彼女を犯して棒で打ち殺すのを黙って見てた!」 インゲリは泣き崩れた。「入浴の支度をしろ、枝を取ってくる」 テーレの顔は復讐心に燃えている。

テーレは入浴し、木の枝を湯に浸したもので体をしばき身を清める。身支度を整えると肉切り刀を手に三人の部屋に入った。
三人は死んだように眠っている。テーレが荷物を調べると、カリンの衣服が他にも出てくる。出かけるときに着ていたものだ。
テーレは三人を起こした。驚愕する男達を刺し殺していく。少年は壁に叩きつけた。三人は死んだ。朝が空けようとしていた。
テーレは我が手を見つめて天を仰いだ。「神よ許したまえ!」

翌日、テーレは家族全員でカリンを探しに出かけた。小川のほとりで鴉が不気味に鳴いている。
「あの子を独り占めにしたかった」 歩きながらメレータがテーレに言った。「あなたに甘えるのを見て嫉妬したわ。だから罰が下ったのよ、私のせいよ」 「罰のありかは神だけがご存知だ」 テーレは毅然と言う。

インゲリの案内でカリンの死体を見つける。父母は取りすがって泣いた。テーレは天を仰いだ。「神よ、何故です、見ておられた筈だ。罪なき子の死を、私の復讐を。だが、黙っておられた、何故なのです?私には分からない・・・だが私は許しを請います。でないと自分の行いに耐えられない。生きてゆけない」 テーレは続ける。
「ここに誓います。わが子のなきがらの上に神をたたえる教会を建てます。罪を償うために必ず建てます。モルタルと石の教会を・・・私のこの手で!」

テーレとメレータがカリンの死体を持ち上げる。するとカリンの頭があった地面から鮮烈な水が湧き出した。
滾々と湧き出る水が小川となって流れる。インゲリが感動して顔を洗う。皆は畏敬の念で湧き出た泉を見ているのだった。
映画館主から

2007年の7月に世を去ったスウェーデン映画界の巨匠イングマール・ベルイマンの衝撃作。

罪と罰、人間の欲望と復讐。単純なストーリーの中に様々な要素を詰めた問題作です。神とは何か?本当に神が存在するのなら何故理不尽な悲劇が起こるのか。

ラストの泉が湧き出るシーンは感動的です。父親が神に向かって懺悔しこの場所に教会を建てると誓った直後の出来事なので、神が奇跡を起こしたという解釈ができるのでしょうか。しかし、強姦されて殺された娘が帰ってくる訳ではありません。父母の嘆きが解消された訳ではありません。

ベルイマンは森の中の強姦シーンを黒澤明の「羅生門」(’50年)に刺激されて作ったそうです。
しかし日本公開時にはお堅い映倫がそのシーンをカットしてしまったのです。その後の復讐シーンには強姦シーンが意味があるのにも関わらず。

私自身はベルイマン作品は他には高校生時代に「第七の封印」(’57年、主演:マックス・フォン・シドー)を見ただけです。何かやたら難しく訳の分からない映画だった記憶しかありません。今見直せば又違った感想を持つでしょうが。

主演のマックス・フォン・シドーはまさしくベルイマンに見出されて世に出た俳優です。広く知られるようになったのは「エクソシスト」(’73年、監督:ウィリアム・フリードキン)の大ヒットからでしょう。
他にも多くの映画に出演しその風格のある演技で画面を引き締めています。

1960年度アカデミー外国語映画賞、カンヌ映画祭特別賞、1961年度キネマ旬報ベストワン受賞作品です。

  映画館へ戻る